8 『青葉莉良は芸術の都で足を止める』
前回もらった手紙に、姉クコの晴和王国到着が記されていた。
それから
四月六日。
ルカがサツキとクコの旅の仲間に加わったこの日は、リラにとっても旅立ちの日だった。
旅立ちの朝。
日の出の前。
メイドの
「どうぞ」
「ありがとうございます」
リラは手紙を読む。
そこには、藤馬川博士から見せてもらった映像通り、異世界からの勇者を召喚することに成功したとの報告があった。
「お名前は……
手紙が届くには、数日がかかる。前回が浦浜からで、この手紙は星降ノ村からのものである。クコは浦浜から星降ノ村まで行くのに四日かかったが、『
「さて、リラ王女。旅立ちの前に、わたくしの魔法《
「あれから、なにかあったのでしょうか」
それには答えず、藤馬川博士は杖をトンと鳴らした。
映像は、クコとサツキが温泉街にやってきて、着物の少女と話しているものだった。その少女にリラは見覚えがある。
「ルカさんです」
「やはりお知り合いでしたか」
「はい。ルカさんは医学の知識もあって、魔法も強力で大変頼りになるお方です。さっそく、ルカさんが仲間になってくださったんですね」
「まだわかりませんが、うまくいけばそうなってくれるでしょう」
「きっと、仲間になってくれると信じています」
事実、仲間になると決めたのはこの半日後である。
藤馬川博士は優しくうなずいた。
「では、おゆきください」
「行って参ります」
藍色の空が輝き始める早朝。
リラは馬にまたがり、ウッドストン城を飛び出した。
見慣れた景色を駆ける。
――この景色が色あせないうちに、また帰ってこられるかしら……。
そんな不安が胸をかすめて、思い出を振り切るように馬を駆けさせる。
淡く滲んだ東の空を見据えた。
――今、リラがパレットに取った色がなにかさえわからない。そんなぼやけた未来への旅立ち。でも、お姉様とサツキ様を目印に、迷わず進むと決めた。
クコが旅立ったときと同じ馬が、リラを乗せてくれている。
リラは、遠ざかるウッドストン城を振り返ることなく、まっすぐ進んだ。
「待っていてください。お姉様、ルカさん、サツキ様。リラはすぐに参ります」
翌四月七日。
この日にはもう、海を渡り、お隣のシャルーヌ王国に降り立っていた。
クコがたどったのと同じ道を進むのが一般的なルートになる。
リラもクコがどんな道を歩んだか知らずとも、自然、ここから大陸を横断する道を選んでいた。
首都リパルテに向かう馬車に乗せてもらい、親切なおじさんに感謝してリパルテを歩く。
シャルーヌ王国の首都リパルテは商業都市といってよく、また『
――ここが、『芸術の都』リパルテ。トキメク街で、足が止まりそう。
きらびやかな想像のうねりがあり、芸術家が手がけた建築は華やかで美しい。
ここ五十年ほどの間にシャルーヌ王国で起こった美術運動により、この街は特に芸術が建築にも影響を与えているのである。
「不思議な建物……でも、楽しい」
独創的な芸術品としてオブジェのような、派手でおかしな塔が建っている。
それを見ていた若い男女がささやき合う。
「わたしにはあれの良さがわからないわ」
「あれも『
「ガウマーヌは聞いたことあるけど、変な趣味よね」
「一昔前だからそう思うだけさ。彼を中心とした『エル・ガウマーヌ期』は、『新時代の芸術』がテーマとされて、花や植物といった有機的なモチーフと装飾を扱い、今までの建築界の常識を変えたくらいだからね。当時の新素材もふんだんに使ったらしい」
「へえ。でも、シャルーヌ王国は、『
「それがあの人のおもしろいところじゃないか。せっかくシャルーヌ王国に来たんだ。この『芸術の都』リパルテを楽しもう」
「そうね」
話を聞いて、リラは小さく笑った。
――そっか。だからおもしろいのね、この『芸術の都』は。絵を描いてる人だってたくさんいるわ。
歩くと、そこかしこで絵を描く画家の卵を見かける。
少し覗いてみる。
――みなさん、どんな絵を描いているのかしら。
つい、「まあ!」と感嘆の声を漏らして振り返られることもあったほど、みんな上手だしそれぞれの個性も見ていて楽しい。
絵を描くのが好きな『
「ちょっとだけ、あまり目立たないところで……」
つい気持ちが高まって、スケッチブックを取り出した。
リュックの中には大好きな絵を描くためのスケッチブックと画材が入っている。他には旅をするために最低限の物しか入っていない。
ベンチに座って絵を描く。
「リルラリラ~」
気分が乗って口ずさむ。
ご機嫌に絵を描いていたが、ふと目の前に白いスーツのスラックスと純白の革靴が現れて、リラはベレー帽を目深にかぶる。腰にはレイピアのような細い剣が下がっている。
――もしかして、アルブレア王国騎士……。
しかし、それは杞憂だった。
そもそも、騎士がスーツを着ることは多くない。よく見れば貴族服のようなかっこうである。
白いスラックスの隣には、メイド服のスカートからすらりと伸びた脚が見える。
「こんにちは」
ベレー帽をあげると、メイドがにこりと微笑みを浮かべていた。
メイドは長い金色の髪を左右で二つに結んでいる。ツインテール。背は一六三センチのクコとほとんど変わらない。わずかに低いか同じだと思われる。やや大人びて見えるが、それはメイド然とした雰囲気のせいかもしれない。年は十八歳になる。
隣の白い貴族服は、世にも美しい長髪の人だった。マントが風になびく姿も幻想的で麗しい。性別が男なのか女なのかわからない。が、おそらく二十代の青年だろう。背は一七八センチほど。だれもが振り向く美しさによるものなのか、ただ者ではないような気配がある。その正体はリラには推察しようもない。
声は落ち着きを持った青年のものだった。
「アタシはヴァレンよ」
「ワタクシはヴァレン様の『メイド
すぐに、リラは思い当たった。
――そっか! ここは『芸術の都』リパルテ。芸術家の卵が、パトロンを探す意味でも、路上で絵を描くことはあると聞いたことがあったわ。もしかして、リラもパトロンを探してると思われてしまったのかしら。
慌てて、リラは頭を下げた。
「はじめまして。リラと申しますわ。旅の途中でしたの。でも、絵描きの方がたくさんいらして、わたくしも絵を描きたくなってこのような戯れを」
「なるほど! 遊び興じられておられましたか。確かに楽しそうでした。お歌も可愛らしかったです」
「きっ、聞かれていましたか。はずかしい……」
と、リラは両手で顔を覆った。
赤面しているリラにもルーチェは眉一つ動かさず、笑顔を絶やすことなく首を横に振った。ツインテールが揺れる。
「いいえ。はずかしがることはありません。可愛ければオッケーです。時に、リラ様は旅をされているそうですが、目的はどちらです?」
「ええと」
なんでも自分のことをしゃべって、素性がバレてはまずい。だが、悪い人には見えないし、目的地を言うだけなら……と口を割った。
「晴和王国を目指しています。正確な場所は決まっていなくて、詳しいことは言えないのですけど、晴和王国からこちらの方面へと向かってくるはずの姉と会うことが旅の目的ですわ」
「ヴァレン様、せっかくなら送って差し上げてもよろしいでしょうか」
ルーチェがヴァレンを見上げる。
「いいわよ。晴和王国に用もあったしね」
「やったぁ。ありがとうございます」
喜ぶルーチェに、ヴァレンはクールに微笑む。
「ンフフ。送るのはあなたの魔法なんだから、お礼はいらないのに。それより、ルーチェが気に入るなんて珍しい」
「エヘヘ。リラ様の絵にはときめきがありましたので」
「それはわかるわ。この子の絵は特別ね」
「さすがはヴァレン様、お目が高いです」
楽しそうにトークに花を咲かせる二人に、リラは置いてけぼりをくってしまう。一つ、疑問に思ったことを尋ねる。
「魔法で送ってくださるのですか?」
「リラ様。おっしゃる通りです。世界中を相手に動き回る必要のあるヴァレン様のために、ワタクシの魔法《
「《
「はい。どこへでも、行ったことのある街へ一瞬で移動できる魔法です。術者であるワタクシが触れている相手も一緒に移動可能。また、術者のワタクシに触れている方も一緒に移動可能。ただし、さらに別のだれかを挟んで間接的にワタクシに触れている方は移動不可能。セーブポイントは三カ所まで作成でき、街単位ではなくどこにでも詳細な設定ができます」
「とても貴重な魔法ですね」
そのような便利な魔法があるのかとリラは驚く。
「とんでもございません。条件つきではありますが、お兄様も使える魔法ですので」
「はあ」
謙遜しているようにも見えないほど、笑顔がさっぱりしている。リラは返答に困るが、ここでヴァレンが聞いた。
「リラちゃん。急ぎかしら?」
「い、いいえ。あ、急いでいないと言えば嘘になります。しかし、もっと時間のかかるはずの道のりを一瞬で行けるのですから、ゆっくりでも……」
自分でも、早く会いたいのと心の準備を整えたいのとで、どうしていいのかと思ってしまう。
「そう。じゃあ、一日だけ時間をちょうだい。アタシがこの街で用事を済ませて、明日に出発よ」
「わかりました。よろしくお願いしますわ」
リラは二人に頭を下げた。
このあとも、行動を共にする中で、リラは二人のことを少し知っていった。
だが、肝心なことは互いに伏せたままである。
しゃべっているうちに、ルーチェはこう言った。
「リラ様。目立たぬよう、ワタクシと同じくメイド服に着替えてくださいませんか?」
「え」
「木の葉を隠すなら森の中ですよ。もっとリラ様にふさわしく着飾った言い方をすれば、宝石を隠すなら石の中、というのはいかがでしょう?」
「……」
反応に困るリラに、ルーチェは「あっ」と気づいてにこやかに語を継いだ。
「リラ様は目立ちたくないものとお見受けしましたので」
少し話す中でもそこまで悟り気を遣ってくれるのは、ルーチェの優しさだろう。
「それに」
と、ヴァレンが語を継ぐ。
「あまり目立ちたくない場合や自分のことを話せない場合は、偽名を使うといいわよ」
「それでは、今後はそうします。メイド服にも着替えます」
リラは微笑んだ。
「ここからですと、五分もあればメイド服をお持ちすることができますが、いかが致しましょうか」
ルーチェはヴァレンを見上げて意見をうかがう。
だが、リラは言った。
「大丈夫ですよ。わたくしの魔法でメイド服なら用意できます」
「へえ」
「なんと。リラ様の魔法ですか」
ヴァレンが目を光らせ、ルーチェは胸の前で手を合わせる。
――お二人になら、魔法を見せても大丈夫だよね。
人目につかない場所に移動し、リラはリュックから筆を取り出す。
「《
『
ルーチェのものと同じメイド服は、描くと勝手に色もつき、浮かび上がって立体化した。
具現化したメイド服が落下運動する。それをルーチェがキャッチして、リラは筆を持ったままにこりと微笑む。
「これがわたくしの魔法です」
「お見事です! ワタクシのメイド服とおそろいですね。うれしい」
「ブラボー」
二人からの称賛を受け、リラははにかむ。
――褒められたんだよね。うれしいな。お姉様とナズナちゃんにも見せてあげたいわ。
リラは筆をしまって、ルーチェからメイド服を受け取る。
「描いた物を実体化することができるんです。まだ完璧ではないのですが、実体化した物も時間の経過で消えたりはしないくらいにはなりました」
「ワタクシの魔法を教えたお礼ですね。ご披露ありがとうございます。ですが、あまり他の方には見せないほうがよいと思いますよ。珍しい魔法ですからね。これはワタクシからのアドバイスです」
「わかりました。気をつけます」
二人は顔を見合わせて微笑み合った。
そのあと、リラはメイド服に着替えて、再びリパルテの街を歩き出した。
――加速し出した未来に、ドキドキが止まらない。早く、あの人にもお会いしたいわ。
かくしてリラは、ヴァレンとルーチェの二人と行動を共にすることになったのだった。
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