195 『リメンバータイム』

 ヒナは空中を跳びながら、独り言を大きな声で、


「思い出したわ! あの声って絶対!」


 急いで着地する。


「うわぁっ!」


 勢い余って前に転がって、五回の前転のあと、あごを地面につけた格好で三秒停止。


「あ……。ヒナさん……?」

「大丈夫そうやなあ」


 二人がつぶやくと、ヒナはパッと立ち上がって振り返る。


「ちょっとリラー!」


 二十メートルダッシュをしてリラに詰め寄り、ヒナはリラの横にいる青年をにらむ。


「説明しなさい!」

「ヒナさん。大丈夫そうですね。それより、どこから説明すればわかりやすいでしょう……」


 さっきヒナが聞いた、道の先にいる仲間の声。

 それはあおだった。

 士衛組参番隊隊長。

 クコの妹で、アルブレア王国の第二王女。

 だが、もうひとりの声がだれのものなのか、ヒナにはわからなかったのだ。

 どこかで聞いたことがあったような。

 でも、知り合いの声ではないような。

 しかしてその声は、やはり知り合いの声ではなく、けれどもどこかで聞いたことがあったのは確かで。

 いつどこで聞いたのか。

 たった今思い出したのである。


「あんた、前に王都で会ったわよね?」


 ヒナは、リラの隣にいる青年に聞いた。


「えらいけんか腰どすなあ、自分」


 青年の名前は、やすかどりようめい

 晴和王国が誇る陰陽師の家系、その中でも随一の資質を持つ『大陰陽師』であり、うす氏に仕える『たけノ国の軍監』。『なんでも屋』、『予言者』、『妖怪博士』などなど、様々な異名をとる奇才である。


「王都で、そのときもリラといっしょにいたわ! 確か、あれはチナミちゃんの家の前。いいえ、リラの目当てはナズナちゃんに会うことだったはずだから、ナズナちゃんの家の前って言ったほうがいいかしら」


 リョウメイはクツクツと笑い、


「人の縁は不思議なもんや。必要なときに会える。お友だちには会えたみたいやな。よかったわ」


 仮面のようなメガネの下の切れ長の瞳がヒナを見る。


「そのセリフ……やっぱりそうだったのね!」

「記憶力、ええんやな」

「あんたこそ、よくあたしのことなんて覚えてたもんね。あのときも怪しいやつだと思ったものだったけど、あんたは何者なの?」

「うちは碓氷氏の軍監、安御門了明や」

「碓氷氏って……いやそれより、安御門なんて言ったらあの陰陽師の……。しかもその名前、『おうてんのう』じゃないの。そんなのがなんでリラと」

「ちょうど王都でナズナちゃんに会えず彷徨っているとき、お世話になったんです」


 リラの説明はだいぶ端折っているが、だいたいはその通りだった。

 ヒナはふんと腕組みして、


「で。あんたはどうして今、このマノーラでもリラといっしょにいるわけ?」

「たまたま出会えただけや。出会えたからには、お友だちとしてリラはんのお助けはしたいなと思て」

「ふーん。つまり、状況はよくわかってるってことよね」

「はい。リディオさんからリラに届いたお知らせからも、それはわかっています。あと、スモモさんからも情報が来ました」


 と、封筒を見せる。


「ああ、あの鷹不二の。あたしにも来たわ。あいつらにも変な恩は作りたくないけど、碓氷氏もだわ。でも、こいつとの行動は続けるんでしょ?」

「はい。そのつもりです」

「リラならそう言うと思ったわ。そういう簡単に人を信じるところ、やっぱりクコの妹よね。あんた」

 リョウメイは相変わらず不敵な微笑で、数珠をじゃらっと鳴らした。

「とりあえず、まだいっしょに行動したほうがええやろなあ。うちを切り離して先に行くのは、このあとや」

「は? なにそれ、陰陽術?」


 ヒナが怪しむように数珠を見る。


「リョウメイさんは、陰陽術で未来の良し悪しが見えます。それで占ってくれたんです」

「そういうことや」

「信じていいわけ?」

 訝しむヒナにも、リラは柔らかに笑いかける。

「大丈夫ですよ。リョウメイさんは信頼できる方です」

「まあ、うちを信じるかはあとで考えるとして。このあとはうちのいざこざがあるみたいや。そっちにリラはんを巻き込めんからなあ」

「で、このあとっていつのこと?」


 ヒナの問いに、リョウメイは短く答えた。


「そろそろや」

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