12 『アドレトリック』
ヴェリアーノ広場。
その名の通り、『
『
それゆえ、常に人の往来が絶えない。
この広場の象徴となる建築は、白を基調とした美しいもので、古代の遺跡のようでもあり、階段の上には彫像と台座がある。
マノーラの広場には噴水が多いのが特徴だが、ヴェリアーノ広場もきれいな噴水を見られる。
街道の要所だから、クコたちのほかにも待ち合わせをしている人もいたし、階段に座っている人もいる。チェロを演奏している人もいた。豊かな音色を奏でている。
クコが待っていると、サツキたちの姿が見えた。
大きく手を振ると、サツキも手をあげてくれた。
合流すると。
開口一番、クコがサツキに報告する。
「サツキ様、お疲れ様です」
「クコも。問題はなかったか?」
そう聞かれて、クコは苦笑を浮かべてちらと後ろを見た。その視線の先には、縛られた泥棒がいる。
「こちらの泥棒さんが、バンジョーさんのバッグを盗もうとして、フウサイさんに捕まりました」
「みんな怪我はなかったかね?」
「はい。みなさん、大丈夫です。それで、この方をどうしましょう?」
「ああ、こちらの報告をするより、まずはそちらの話を聞こう」
サツキは、改めて泥棒をしかと見る。観察するように目をくれて、しかしクコに質問をした。
「こういった場合、警察に突き出すのが一般的だろうか?」
「ええ。でも、被害もありませんでしたし、荷物は取り戻しましたから、どうするかはわたしたちの判断でよいと思います」
人通りも割とある場所なので、サツキとしても変に目立つことはしたくない。
だが、状況としてはすでに人目は避けられそうになかった。
「ならば、まずはそちらの泥棒から話を聞くのが筋だろう」
そう言って、サツキは泥棒に聞いた。
「名乗れるかね?」
「バトロ」
渋るように泥棒は名乗った。
「うむ。動機は?」
「それは、おれが泥棒だからだよ」
「では、警察だな」
「ちょ、待ってくれ! おれはなんも盗っちゃ――」
慌てるバトロに、ルカが横から言った。
「反論があるならちゃんと言いなさい。サツキはあなたの職業なんか聞きたいわけじゃないの。情状酌量の余地があるか、事情を聞いてあげようとしているのよ」
冷たいようでいて、サツキの意図を汲んでバトロに弁明の機会を与えるルカ。
バトロは「あぅ」などと言葉を詰まらせ、それからつらつらと述べる。
「じ、実は、これには事情があったんだ。おれだって本当はこんなことしたかなかった。だが、仕方なかったんだ」
「……」
じっと話を聞くサツキの顔色をうかがうように、バトロは語る。
「本当に悪いとは思ってんだ。でも、おれの弟が病気でよ。医者に診せる金もねえ。一度医者に連れて行って、薬の一つでももらえばよくなるらしいんだが、金がねえんだ。そ、そんで、つい――」
サツキは視線だけを動かしルカを一瞥するが、ルカは目を閉じるだけだ。しかし、これだけでもサツキにはなんとなくわかった。
そして、サツキはクコに水を向けた。
「どう思う?」
「お薬を買うお金を稼ぐのは大変かもしれません。あの、いくらなのですか?」
心配そうな顔でクコが聞くと、バトロは声を落として答えた。
「十万両だ」
サツキはわずかに目を細めたが、クコに再び聞いた。
「だということだ。どうする」
「すみません、サツキ様。それならわたしが持っています。彼に差し上げてもよろしいでしょうか。兄弟を想う気持ちは、他人事には思えなくて」
小さく息をつき、サツキは言った。
「副長がそう言っている。士衛組局長としても、そういうことなら異論はない。今回は見逃そう」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるクコに続けて、バトロもペコペコ頭を下げた。
「すまねえ。ありがてえ。本当にありがてえ。許してくれるばかりか、金まで恵んでもらえるなんてよ。この恩は忘れねえ」
涙を浮かべていた。
別れ際、バトロはまだペコペコしながら言った。
「あんた方に会うことは、もうないかもしれねえ。だが、もし会えたらこの金と恩は絶対に返す」
「いいえ。それは――」
と言いかけるクコを制止し、サツキはバトロに言った。
「俺たちは士衛組。正義の味方だ。もしその機会があれば、士衛組の副長に返すんだな。用が済んだらもう行きなさい」
「へい!」
バトロはいそいそと去って行った。
見送って姿が見えなくなると、クコは笑顔でサツキに言った。
「弟さんの病気が治るといいですね」
うむ、とだけうなずき、サツキは言った。
「さて、浮橋教授について報告する」
「はい。どうでしたか?」
クコが相槌を打つように聞いて、サツキは説明した。
浮橋教授は、裁判が始まるまでこの街で過ごすことになっている。その上、基本的にあの部屋から出ることはできない。日常の買い物など、自由は制限されている。そのため、サツキとヒナと玄内の三人で、地動説の証明がどうなされたか、明日も出向いて説明することになった。
よって、当日まではクコたちほかのメンバーは浮橋教授に会う必要はない。
現在、九月四日。
裁判が九月十二日。
それまでの約一週間はおのおの自由に過ごすということで話がついた。
「なるほど、自由行動か」
「んじゃあオレはまた食べ歩きだな!」
ミナトとバンジョーがそう言って、ナズナがヒナとチナミに微笑みかける。
「ちゃんと、会えて……よかったね」
「うん」
「ありがとね、ナズナちゃん」
チナミとヒナが答え、リラが問う。
「そうなりますと、ヒナさんはお父様のお部屋に泊まるのですか?」
「あたしはみんなと宿に泊まる。なにか相談したいことがあったら、サツキや先生が近くにいたほうがいいしね」
最後に、サツキがまとめる。
「そういうことだから、明日からの裁判当日まで、一週間もある。その間はそれぞれ自由に過ごしてくれていいが、修業もしてくれると助かる。俺たちの旅は、ここで終わりではないからな」
「わかってるわよ! あたしも、お父さんの裁判で勝って、そのあともみんなと旅するんだから!」
ヒナの明るい笑顔にバンジョーも威勢良く胸を叩く。
「オレも毎日が修業だ。料理に終わりはねえ」
「その修業じゃないです」
ぼそっとチナミがつぶやく。
サツキは士衛組のみんなに呼びかけた。
「さあ。まずは移動しよう」
「いいけど、どこに行く?」
ヒナが問うと、玄内が言った。
「まずはやっぱり飯だろ」
「そうっすね!」
「せっかく来たんだ。マノーラ発祥のカルボナーラを食わないとだぜ」
「先生、わかってますね」
「当然だ」
バンジョーもすっかりその気になったところで、サツキは言う。
「じゃあ行くか」
そのとき、急に景色が変わった。
突然、世界が一変したのである。
「花畑……?」
視界一面に、花畑が広がっていた。
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