9 『友達×旅路』

 船は、シャルーヌ王国に到着する。

 シャルーヌ王国は、地理的にはサツキの世界におけるフランスに相当する。

 港で船を降りてからは、歩き旅だった。

 この国の首都リパルテは、『げいじゅつみやこ』とも呼ばれる。国内最大の都市でもあったから、そこから馬車を拾うこともできた。

 一週間ほど旅を続けた九月下旬、『しょくみやこ』ヴィヨーヌで馬車を降りた。サツキの世界と照らし合わせると、リパルテがパリ、ヴィヨーヌがリヨンに当たる。

 リヨンはフランス第二位の都市圏を持つが、この世界でもヴィヨーヌはシャルーヌ王国で二番目の都市だった。


「うめえ、うめえ!」


 歩き旅になったクコが街を歩いていると、相当おいしいものでも食べているのか、そんな声も聞こえてくる。オレンジ色の目立つスーツの背中を見て、クコもお腹を押さえる。


「ちょっと早いけど、そろそろお昼ご飯にしましょう。ここからは歩き旅になるかもしれませんし、体力をつけないとですね。うまく馬車を拾えるといいのですが……」



 食後、クコはまた歩いた。

 午後の四時に近づいた頃、クコは足を止めた。

 料理屋の前で停まっている馬車を見てつぶやく。


「立派な白馬ですね」


 白く大きな馬は、高さが三メートル以上ある。精悍な顔立ちで、おとなしく利口そうだった。

 持ち主はどこかへ出かけているのか、それともこの料理屋の馬車なのか。白馬は静かに待機している。


「ボリュームもあるし、どこで飯食ってもうまいぜ! サイコーだったな! これで『美食の都』ヴィヨーヌの飯も食い納めってやつだ」


 店内から陽気な声をした青年が出てきた。

 昼間に見かけたオレンジ色のスーツの青年だった。

 青年はクコと白馬を見比べ、ニッと白馬に笑いかけた。


「友だちができたのか。よかったな」

「あの……わたし、ただよい毛並みだと思って見ていたんです」

「わかるか?」


 白馬の主である青年がうれしそうに聞いた。


「はい。わたくし、馬術は少したしなんでおりましたので」

「そうか。馬が好きで見てたんだな」

「ええ。それもありますが、馬車を探していたんです。東へ行く馬車があればと思って」

「なんだよ、早く言えよ。オレも東に行くんだ。じゃあ乗るか?」

「よろしいのですか?」

「おうよ。当たり前だろ?」

「ありがとうございます! こんな立派な馬車に乗れるなんてうれしいです。あ、そうでした。お名前を聞いてよろしいでしょうか」


 と、クコは青年に向き直った。

 青年は得意そうに答えた。


「スペシャルってんだ」

「スペシャルさんですか。わたくし、あおと申します。よろしくお願いいたします、スペシャルさん」


 青年にぺこりと頭を下げるクコ。

 しかし、当の青年は馬の背中をポンポン叩く。


「挨拶されてんぞ、スペシャル」


 ヒヒーン、と鳴くスペシャル。

 ぽかんとするクコに、青年は笑いかけた。スペシャルを親指で指して、


「へへっ。なんか言ってら。飯食いてぇのかもな」


「あ、あの……。もしかして」


 ――間違えてしまいました!


 クコはおろおろしながら平謝りする。


「すっ、すみません! お馬さんがスペシャルさんでしたか。かっこいいお名前でしたので、つい……」

「気にすんな。スペシャルはこんなことで怒るやつじゃねえよ。オレのことも気軽に名前で呼んでくれていいぜ。さん付けなんかいらねぇよ」

「すみません。まだお名前をうかがっていないので、教えていただけませんか?」


 言いにくそうにするクコだが、青年は気にした様子もない。


「なは。すっかり忘れてたぜ。オレはだいもんばんじょう。メラキアの出身で、スペシャルと旅をする料理人さ。オレから料理を取ったらなんにも残らねえ、料理バカってやつだ」

「料理人さんでしたか」

「おいクコ、その肩書きじゃなくてバンジョーって呼んでくれよ」


 そういうつもりで「料理人さん」と言ったわけではないのだが、バンジョーは笑いながら、


「敬語も使わなくていいし、オレのことはバンジョーって呼び捨てでいいぜ」


 しかしクコは首を横に振った。


「いいえ。どなたにも礼儀正しく。そう教えられてきましたので」

「どおりでスペシャルにも敬語だったわけだ。しかし、動物にも敬語使うよう教えるなんて、クコの親父さんとお袋さんは変わってんな」


 バンジョーは、オレンジ色のスーツ姿でシャツはブルー、ネクタイはレッド。背が高く、一八五センチくらいだろうか。あたたかみのある眉とグリーンの瞳、高い鼻、短く逆立った金髪が特徴で、肩もがっちりしている。年齢は二十代半ばと思われた。が、話を聞いたところによると、実はまだ十代だという。八月に十八歳になったばかりだそうで、サツキがこの世界に来た現在も年齢は変わっていない。


「じゃあ、さっそく出発するか」

「はい。よろしくお願いします!」


 とにかく、このタイミングで馬車を拾えたことは、幸運だった。


「オレは前の席に座るが、クコは後ろの客車にいてくれ」

「わかりました」


 客車は広かった。貨物用に使っているようで、十人くらいでも乗れる大きさだった。開閉できる窓が四方にあり、乗り込み口は左側。風雨もしのげる客車だが、バンジョーの座る運転席は屋根こそあるものの、もし雨が降ろうものなら前方からの風雨にはさらされる。


「これはオレのこだわりなんだけどよ、愛馬のこいつにだけ雨や風に当たらせるのもかわいそうだろう? だから、オレの席には屋根以上のモンはつけねーんだ」

「お優しい方なんですね」


 クコがそう言っても、バンジョーは人のいい笑顔で首を横に振る。


「そうじゃねえよ。これならスペシャルの体調とかどれくらい疲労しやすい環境かわかるし、そのほうが良いことが多いんだ。動物と生きてくってのはそういうもんさ」


 バンジョーは最低限の責任のような口ぶりで言う。

 クコはこの優しい青年の馬車に乗れてよかったと思ったが、よかったのはそれだけではなかった。

 日が沈みかけ、その日は街を抜けた山の中で野宿することになった。

 馬車から降りたバンジョーは、さっそく手際よく夕食の準備を始めた。


「メニューはオレが決めるぜ。つっても、材料の都合でつくれるものが限られてるってだけの話なんだけどよ」


 バンジョーは調理台の上に、コンロのような物を置いた。そこにはフライパンや鍋に火をかけるための太い網があり、網の下にはなにもない。石炭もないのにどうやって火を起こすのかとクコが見ていると、


「これこれ。《たますずり》!」


 二つの石を手に取る。二つの石は形状が異なる。片方はやや平べったく真ん中がくぼんでいて、硯に似ている。もう片方は、バンジョーの大きめの手の中にすっぽり収まるサイズである。


「それっ」


 カチン、と石を叩く。

 火が起きた。

 叩き方も少し変わっていて、平べったい石のくぼんだ場所に、もう片方の石をぶつけるのである。

 そうすると、くぼんだ場所に火の塊がコロコロと留まる。


「こいつは三時間しか持たないからな。で、ここにっと」


 バンジョーは調理台の網の下に火を滑り込ませた。

 そこで、火は燃え続ける。


「バンジョーさんは、火を起こす魔法を使えたのですね」

「なっはっは! オレは魔法なんか使えねえっつーの」


 おかしそうに笑って、バンジョーは料理を作る。手を動かしながら教えてくれた。


「さっきの石は、《たますずり》って魔法道具さ。火受けのくぼんだ場所に、もう一つの石をぶつけると火を起こせるんだけどよ、ぶつける力で火の強さが変わるんだ。硯を持って火の玉を転がせば温度が下がるから、弱火にしたくなったらそれで調節する。しかも、手で持っても硯は熱くないんだぜ。そして、ぶつける石には大きさの種類があるんだ。石の大きさによって、火の持続時間が決まるって優れもんだな。昔、晴和王国で親に買ってもらったんだ」



 説明しながらも料理は作られてゆく。あまりの手際のよさにクコが見とれていると、あっというまに料理が完成した。


「うし、できたー。ハナダズワイガニのカットロール寿司と味噌汁だぜ!」

「ハナダズワイガニ……?」

「なんだ知らねえのか。こっちじゃ結構有名なカニなんだぜ。漁師のおっちゃんとかも、どんなカニなのかいろいろ話してくれたんだ」

「へえ。どのようなカニなんですか?」

「よくわからねえ。でも、うめえんだ」

「そ、そうなんですね。バンジョーさんはおもしろい方です」

「なっはっは。オレはおもしろくなんかねーよ。料理一筋の料理バカってやつだ。オレから料理取っちまったらなんにも残らねえ。だから料理のことならなんでも聞いてくれ」


 バンジョーの説明は適当なところも多いが、料理までいただけるとあって、クコは細かいことは気にしないことにした。

 青色系に花田色という色があり、ハナダズワイガニはその花田色である。フラワーは関係ない。

 そのハナダズワイガニをカットロール寿司と呼ばれるカリフォルニアロールみたいなお寿司にしたものがこれである。さらに独自の工夫もこらした、バンジョーの創作料理だった。それも、クコはひとくち食べた瞬間に目が覚めるかと思うほどおいしかった。


「晴和王国のお寿司とはちがうおいしさです。とってもおいしいです」

「なんだ、クコは晴和王国の寿司を知ってんのか。オレはよ、晴和王国で寿司を握る勉強をしたいんだ。だから晴和王国に向かって旅をしてる」


 バンジョーの言葉を聞き、クコは喜んだ。


「わたくしも晴和王国を目指してるんです。せっかくですから、いっしょに行きませんか?」


 しかしバンジョーはかぶりを振った。


「いや、悪いけどいっしょには行けねえよ。寄り道もあるんだ。オレはガンダス共和国で本場のカレーも学ぶつもりだからな」

「そうでしたか。残念ですが、わたくしはガンダス共和国からの船で晴和王国へゆくつもりです。そこまではこの馬車に乗せていただけますか?」

「おうよ。最初に言ったがそのつもりだぜ。旅の間、料理も振る舞ってやるから期待しててくれ」

「ありがとうございます!」


 ガンダス共和国までの長い道のりを馬車で、しかも食事つきで行けるとなれば、怖いものはなかった。


「なんだっけか。世界樹まで行って、会いたい人がいるって言ってたな」

「そうなんです」

「まあ、細けー理由は聞かねぇさ。早く会えるといいな、その人に」

「はい」


 それから、ガンダス共和国までの道のりは、途中で同じ進路の客を数人乗せることがあったが、順調に進んだ。

 あるとき、乗っていたカップルが言った。


「今までありがとうございました。これは乗車賃です」

「いくら出せばいいかわからなかったんですが、あたしたちが今出せるのはこれくらいで」

「なんだ? 乗車賃?」


 バンジョーは本気で意味がわからなそうに首をひねる。

 男性は誠実そうに言う。


「はい。この馬に乗せてもらった分です。ここまで運んでいただいて本当に助かりました。足りないかもしれませんが」

「なんだよ、そういうことか!」

「はい、そういうことです!」と女性もうなずいた。

「スペシャルは金なんかいらねーって言うに決まってんだろ? 使い方も知らねえしな」


 笑っているバンジョーを見て、カップルは顔を見合わせる。困った様子だった。この光景を物陰から見ていたクコも、どうすればいいか迷ってしまった。


 ――もしかして、バンジョーさんは乗車賃を取らない人なのでしょうか。


 カップルの男性が言った。


「でも、感謝の気持ちとして受け取ってください。これでおいしいお食事を食べさせてあげてくれたらうれしいです」

「そっか! おまえらいいやつだな! わかったぜ!」


 バンジョーがあっさり受け取ると、カップルの女性も笑顔で、


「本当にありがとうございました。バンジョーさんもごいっしょにおいしいお食事を楽しんでくださいね」


 しかし、その気持ちはバンジョーには伝わなかった。


「オレにはにんじんを丸かじりする習慣はないっつーの! でも、スペシャルのためにサンキュー! 気をつけてな」


 お礼を繰り返しながら去ってゆくカップル。

 クコはそれを見て考えた。


 ――わたしはバンジョーさんが馬車での旅客輸送をするのも生業にしているかと思ってましたが、違っていたんですね。わたしが下りるときは、なんてお礼をすれば……。


 やはりさっきのカップルのように、スペシャルのためにと乗車賃を渡すのがいいだろうと思ったクコであった。



 しばらくして。シャルーヌ王国のお隣イストリア王国の首都、『みやこ』マノーラまで来ると、変わった男女のコンビが乗り合わせることになった。

 不思議な空気を持った二人組で、すぐにバンジョーとも意気投合してしまっていた。


「バンジョーくんの料理は最高だ! ボクはこの料理のファンになってしまったよ」

「うんうん、アタシも! おいしくてほっぺたが落ちそう~」


 バンジョーは陽気に笑った。


「なっはっは! よかったぜ! オレはうまいもんを食って幸せそうな顔してるやつを見るのが好きなんだ!」

「今だ! 《最高ノ瞬間シャッターチャンス》!」


 二人組はそれぞれカメラを構えてバンジョーを撮影した。

 この映像を見ているサツキには、この撮影の開始と終わりのときの二人の位置やら動きに違和感を覚える。まるでどこかの瞬間を切り抜かれて、次のシーンに映像が移ったような感覚とでもいうのだろうか。

 が、クコの映像は先へ進む。


「バンジョーくんもとってもいい笑顔だったよ!」

「お? そうか? なっはっは! 今日は気分がいいぜ」


 そんなやり取りをする三人を見ると、クコも楽しくなって笑顔になる。


「ふふふ」

「クコちゃんもいい笑顔だね!」

「今だ! 《最高ノ瞬間シャッターチャンス》!」


 パシャリと撮影して、彼らはまた食べ始める。

 明るくマイペースな二人組。彼らは、この映像を見せられているサツキにも見覚えのあるコンビだった。

 めいぜんあきふく寿じゅえみ

 サンバイザーがトレードマークの二人組で、日の丸が目印。パーカーがオレンジ色、ズボンとスカートは黒、身長は二人そろって一六五センチほど。そして首から下げたカメラが彼らのマストアイテムになる。

 年は、どちらも当時十九歳。サツキと出会った現在軸で二十歳になる。学年で言えばサツキの八つ上。バンジョーよりも二つ年上だからアキとエミはバンジョーをくん付けするが、一方のバンジョーは馴れ馴れしく呼び捨てにしていた。それをこの二人が気にした様子もない。サツキの世界でいう高校生くらいにも見える二人は、バンジョーよりも年下に見えるから画面としては自然だった。


「アキとエミはどうして旅をしてるんだ?」


 バンジョーが率直に質問した。


「そっか! まだ言ってなかったね!」

「ボクたちは、世界中を旅して写真を撮ってるんだよ」

「楽しいよ!」

「最高だよ、カメラライフは」


 陽気にしゃべる二人組に、バンジョーはすぐ納得を示した。


「だな! 楽しいのは最高だぜ!」

「そういうこと!」

「アタシたちもバンジョーくんもね!」


 絶妙に波長が合っていて、会話が噛み合い切らない三人。でも、クコは楽しいからいっしょになって笑った。


「みんなで旅をするのは楽しいですね」

「そうだよ!」

「いっぱい笑顔になるからね!」


 アキとエミのペースに巻き込まれるようにクコもこの馬車の旅を楽しんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る