52 『アクアコマンダー』

 ルカの《とうざんけんじゅ》は、空間に剣や槍の花を咲かせる技である。

 地面からザァッと飛び出した剣と刀と槍たちが、前方にいた水兵服の女を下から襲った。

 しかし、地上に人型の水が出現して、武器が直撃する前に彼女を上空に投げた。

 人型の水は《とうざんけんじゅ》に串刺しにされるが、水だからまるで平気そうだった。


「先制攻撃とは、忙しない女ね。『はなぞのまとなでしたから


 上空に放られた女は四、五メートルの高さまで飛んだところで、ルカの姿を見おろしながら手に持っていた旗を振った。

 旗は左右の手にあり、右手が赤、左手が白、サイズは小さめだ。

 今振られたのは白い旗で、急にルカの真後ろに人型の水が地面から飛び出す。


「くっ」


 ルカは槍を《お取り寄せ》の魔法で出現させるが、水に攻撃しても意味はない。それは、さっきの先制攻撃が効かなかったことで証明されていた。

 そして、やはり槍が人型の水を突き刺しても水は動き続け、ルカを殴ってきた。


 ――槍で突いても手応えのない水……だけど、殴ってくるってことは、この水にはなにか特殊な力があるとみていい。


 今度は、ルカは槍を自分に向けて飛ばして、その槍をつかみ、槍ごと飛んだ。

 水と数メートルの距離を取って着地する。


「逃げたか」


 つぶやく水兵服の女。


「あなたは、アルブレア王国騎士? それともマフィアかしら?」


 ルカが聞くと、女は答えた。


「ワタシが騎士に見える? 国家の飼い犬といっしょにすんじゃないわよ。今回は手を組んでやってるだけで、ワタシはあんな雑魚の手駒とは訳が違うの」

「つまり、サヴェッリ・ファミリー」

「そ。ワタシはサヴェッリ・ファミリーにおいて、一人で一つの組織を動かす存在。その名も、『水軍司令ネイヴィー・コマンダー辺留問吾美千絵ベルトイア・ビーチェよ!」


 ビーチェは水兵服をまとっているが、以前ルカたちがうらはまで身につけていた爽やかなマリンセーラーとは印象が異なり、露出がやや多くレースクイーンっぽさがある。ブーツのせいであろうか。ルカより少し背が高く、一七〇センチ以上はありそうだった。年は二十代半ばと思われる。


「なるほど。要するに、人型の水を操って一人水軍をやっているのね」

「ふ。まあ、まずはその理解で充分かな。さっきの攻防とワタシたちの魔法の相性でわかったけど、おまえはワタシに手も足も出ないわね。だから教えてやることにするわ。ワタシの魔法は《水ノ人形兵アクア・パペット》っていうの。けど、教えるのはそれだけ」

「教えてくれてありがとう。でも、やってみないとわからないわよ」

「わかるって。その槍とか剣じゃあ、ワタシの《水ノ人形兵アクア・パペット》に傷一つつけられないでしょ?」

「これからいろいろ試させてもらうわ」


 好戦的な言葉とは裏腹に、ルカは冷静だった。


 ――『水軍司令ネイヴィー・コマンダー辺留問吾美千絵ベルトイア・ビーチェ。おかげで魔法は少しわかったけど、ここから考察できることは多くない。


 ルカはビーチェの手にある旗を見る。


 ――魔法は《水ノ人形兵アクア・パペット》。あの旗で人型の水を出現させたりして操っていることは想像できる。ただし、それは表向きの魔法情報。魔法名を教えてくれたってことは、それ以外がなにかあるはず。


 魔法などというものは、伏せている情報こそ厄介なのだ。

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