123 『ヴォルトフェイス』

「試合はもう始まっていたー! クルメンティス選手は、すでにロメオ選手になにか仕掛けていたようだぞ! クルメンティス選手の魔法《バンテージ・ポイント》が発動しているらしい! 動けなくなるとは、どういうことなのか! みんな、二人から目を離すなよー!」


 もう駆け引きが始まっていたと知り、『司会者』クロノも実況で盛り上げている。

 観客たちもざわざわしていた。


「あのロメオさんが動けなくなってるのか?」

「嘘だろ」

「その《バンテージ・ポイント》ってどんな魔法なんだよ!」

「ていうか、あいつ豹変しすぎじゃね?」


 それらと比べて、ロメオは静かだった。

 クルメンティスが声をかける。


「なあ、ぼく質問してんだけど? 聞いてる? ロメオさーん。口は動くはずだぜ?」

「ええ、聞こえていますよ。仮にワタシに勝つことができたら、『バトルマスター』の座は譲ります。撤回するつもりはありません」

「お、やっと答えたか。はあ、よかったよホント。でもさ、仮にワタシに勝つことができたら、なんてよくこの状況で言えるよな? あんた危機感なさすぎだろ。逆にどうやって勝てると思ってんだ」


 呆れた顔で、ロメオを小馬鹿にするようにクルメンティスは続ける。


「おっと。力で対抗しようとしても無駄なんだわ。もがいてもどうにもならねえよ」

「……どうやら、現状そうみたいですね」

「現状ってか、このあともだけどな。『バトルマスター』引退を記念して、一応、教えておいてやる。ぼくの《バンテージ・ポイント》についてをな。この魔法は、人や物の一部を、包帯で巻いたみたいに固定するんだ。条件は、ぼくが触れた箇所ポイントのみになる」


 と、クルメンティスは左手の拳を握ったまま右手の人差し指でロメオを差した。


「なにィー!? 試合開始前にロメオ選手の身体を触っていたのは、そういうことだったのかー!」


 クロノの興奮した声に、観客席からも非難が噴出する。


「試合前から仕掛けたってことかよ! ズルだろ!」

「あいつ卑怯者だわ! 最低よ!」

「弱そうなくせに自信満々なのは、そういうわけか!」

「失格にしろー!」


 しかし、そうした声をおさえつけるように、クルメンティスはロメオに言った。


「おっと。反則とか言うんじゃねえぞ? ぼくがたまたまあんたの筋肉を触ったから発動条件は整っちまったけどよ、魔法が発動したのは試合が開始されてからなんだからな」

「確かに、ワタシが動けなくなったのは試合が始まってからですね」

「たまたま試合中に手に入った武器があったら、普通使うだろ。それだけの話じゃねえか。なあ?」

「そうですね」


 それらをロメオが認めたことで、クロノも批判がしにくい。


「クルメンティス選手とロメオ選手の言う通り、魔法が発動したのが試合が始まってからなのであれば、反則になるかは微妙なところ。悪意があると判断されたら失格になりますが、本人もたまたま発動条件が整ったと言っていますし、もう少し様子を見てみましょう」


 このクロノの判断に、観客たちは不満げだった。


「明らかにわざとだろ! あの嫌味なしゃべりを見ていればわかるぜ!」

「そうよそうよ! 失格にしなさいよ」


 中には「ロメオが負けるところは見たいな」とニヤつく人もいるが、それはほんのわずかである。

 クルメンティスはクロノからも許されたと言わんばかりに、意気軒昂に語る。また右手でロメオを指差して、


「あんたがさ? 《打ち消す拳キラーバレット》で魔法を打ち消せるのはあくまで手で触れた場合のみだよな? ぼくはそれを知ってたんだよ。魔法をすり抜ける《魔法透過バニシングスルー》もゴーグルしてないと発動できないだろ? そこまで計算して、ぼくは《バンテージ・ポイント》を発動させたってわけ。もうあんたは動くこともできず、ぼくの魔法も解除できない。どうだ? これで、今自分がどんなシチュエーションなのかわかったか? ロメオさんよ?」

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