76 『デイフォー』

 午後。

 サツキはミナトと共にロマンスジーノ城を出た。

 目的地は、もちろん円形闘技場コロッセオだ。


「昨日はダブルバトルで負けて、現在二勝。今日こそ勝つぞ」

「三勝目をもぎとって『ゴールデンバディーズ杯』に出場しよう」

「うむ」

「今日はどんな人と戦えるのか、楽しみだなァ」

「強い相手だと、大会に出場できないかもしれないのにか?」

「大丈夫。今日は勝つから」

「自信満々だな」

「サツキ。僕は今、士衛組に入って一番楽しい。マノーラに到着して、コロッセオに参加してから一番」

「だと思ってたよ。強い相手と戦えて、強くなれるんだからな。剣の高みを目指すミナトにはうってつけだ」

「うん。それに、サツキがいっしょだからね。だから楽しい」


 急にそんなことを言われて、サツキは帽子のつばで顔を隠す。


「まったく、よく平気で言えるものだ」


 サツキのつぶやきは小さくて聞こえなかったのか、ミナトは言葉を続けるように言った。


「この楽しい試合を今日で終わらせるのはもったいない。相手次第じゃあ、修業はさておき観察とか分析とか抜きでいかせてもらうよ」

「うむ。そうだな」


 コロッセオの前で立ち止まり、一面をたくさんのアーチで構成されたコロッセオの壁面を見上げる。

 この特殊なデザインの闘技場に参加して四日目、サツキとミナトは明日と明後日に開催される大会を目指してきたが、今日が大会への出場権をかけたラストチャンスになる。

 二人の目標は大会の参加だけでなく、そこでの優勝だ。

 当然、今日の試合で負けるわけにはいかない。


「あ。サツキくん、ミナトくん。こんにちは」


 立ち止まるサツキとミナトの後ろから、声がかかる。

 振り返ると、一人の少女がいた。

 長い金色の髪に、品のあるワンピース姿。

 昨日、ミナトが対戦するはずだった魔法戦士・サンティが謎の失踪をしたことで、サツキは彼女に出会った。名前を植羅亜朱璃ウェラー・アシュリーといって、彼女から事情を聞き、サツキとミナトはアシュリーの兄を探すと約束したのだ。正義の味方を名乗るえいぐみとしては見過ごせなかった。

 アシュリーは昨日の帰り、また明日も応援に来ると言ってくれていた。その言葉通り、今日も来てくれたらしい。


「こんにちは。アシュリーさん」

「どうも。応援に来てくださったんですかい?」


 ミナトに聞かれて、アシュリーはうなずく。


「うん。そうだよ」


 サツキがアシュリーの顔を見て、


「アシュリーさん。顔色もよさそうですね」

「たぶん、サツキくんたちがおかげだよ。なんだか、兄も大丈夫なんじゃないかなって思えるの」

「はい。きっと大丈夫です」


 まだ不安はあっても、アシュリーはサツキたちが失踪事件について調べてくれると申し出たことで、心の平静は保てているようだ。


「あれ……? アシュリーさん。手に持っているカゴはなんですか?」


 サツキが気になって尋ねると、アシュリーはにこりと微笑んで、


「このあとのお楽しみだよ。さあ、行こう? エントリーしないとだよね」

「そうでした。行きましょうか」


 最初にミナトが歩き出し、三人はコロッセオに入っていった。

 今日もシングルバトル部門とダブルバトル部門のエントリーを済ませて、サツキとミナトとアシュリーは一階席に移動した。

 適当な席に座り、アシュリーはさっそく膝に置いたカゴを開いた。


「じゃーん。サツキくんとミナトくんに、お昼ごはんを作ってきたんだ」

「サンドイッチですか。ありがとうございます。でも、お昼ごはんはもう食べてきていて……」

「そっか……」


 言いにくそうなサツキと残念そうなアシュリーだったが、ミナトはカゴに手を伸ばしてサンドイッチを一つ取ると、食べ始めた。


「いただきます。うん、おいしいです」

「そ、そう? よかった」


 ホッとした様子のアシュリー。

 サツキはミナトに小声で注意する。


「お昼ごはんも食べてきただろ。ちょっとは遠慮しろ」

「いいんだよ、サツキくん。食べてもらえてうれしいし、サツキくんも、ちょっとお腹が空いてきたら、いつでも食べてね」


 アシュリーは食べて欲しがっているし、サツキも食べられないわけじゃない。


 ――チナミとジェラートを食べていたおかげで、お昼ごはんは少なめにいただいたし、今はまだ食べられる。せっかくだし一ついただこうかな。


 改まってサツキは聞いた。


「じゃあ、一ついいですか?」

「もちろんだよ。どうぞ」


 サンドイッチをカゴから一つ取って、アシュリーが手渡してくれる。


「ありがとうございます。いただきます」


 よく味わって、サツキも感想を述べる。


「おいしい。優しい味ですね」

「サツキくんに喜んでもらえてうれしい。作ってきてよかったよ」


 それからすぐにシンジもやってきた。

 シンジはこのコロッセオでサツキが最初に対戦した相手であり、年も一つ上と、年齢も近いことから仲良くしてくれている友人だった。シンジにとって、サツキとミナトは同じせいおうこく出身だから親しみを感じるのだろう。まさかサツキが異世界人だとは知るよしもない。

 アシュリーがシンジにもサンドイッチを勧め、シンジも一つだけ食べた。

 試合開始を待っていると、スタッフのお姉さんがさっそくサツキを呼びにきた。


「サツキさん。本日の一試合目になりますので、準備をお願いします」

「わかりました」


 今日は最初からサツキの試合があるようだ。

 お姉さんは続けて、シンジにも目を向ける。


「次の二試合目がシンジさん、そして……」


 とミナトへと視線を移して、


「三試合目がミナトさんになります。そのときにまた呼びに参りますが、控え室にはいつお越しになっても構いません」

「だったらボクはもうサツキくんと行きますよ」

「かしこまりました。では、ミナトさんは順番が近づいたら呼びに参りますね」

「はい。お願いします。でも、今日は試合数が少ないんですか?」


 ミナトが聞くと、お姉さんはこくりとうなずいた。


「そうですね。本日、シングルバトル部門は全部で四試合しかありません。ただ、ダブルバトル部門に参加されるバディーは多く、ダブルバトル部門が九試合あります」

「へえ。そりゃあ多い。明日は大会ですからねえ」

「参加者が多いってプレッシャーに感じるかもしれないけど、逆に強いバディーとは当たらないかもだし気にしないほうがいいよ」


 と、シンジが言ってくれる。


「ですねえ。そうします」


ミナトはそう言って笑っているが、コロッセオに来るまではどんな相手と戦えるのかと楽しみにしていた。弱い相手を望んでなどいないのだ。しかも負けるつもりもない。

 サツキとしては、明日の大会には確実に出場したいし、できれば今日は強い相手を避けたい気持ちもある。


 ――でも、まずはシングルバトルだ。


 スタッフのお姉さんがサツキとシンジに声をかける。


「それでは、サツキさん、シンジさん。ご案内します」

「それじゃあいってきます」

「応援よろしく!」

「頑張ってね、サツキくん。シンジくんも」

「僕はシンジさんの試合は観られないけど、応援してますね」


 四人が言葉を交わし合い、サツキはシンジと共に試合の準備のためスタッフのお姉さんについて行く。

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