幕間説話 『手助オータムハーヴェスト』
夫婦は小さな田んぼを持っているのみで、それだけでは収穫できる稲も少なく、暮らしは貧しかった。
おじいさんを
ヨサクとシズヨはいつも二人で働いた。
山容にかかる秋色が鮮やかな季節。
いよいよ稲を収穫するという時期になって、二人は田んぼから家に帰る道すがら話をした。
「明日からは収穫だな」
「そうねえ」
「今年はどれくらい獲れるだろうかな?」
「例年と変わらないんじゃないかしら」
「まあ、そうか」
期待こそしていなかったが、例年通りでは大した量は収穫できない。
帰り道には可愛らしいお地蔵様が佇んでいる場所があり、二人は決まってお供え物としてなにか置いて行くのだった。
しかし、今日は食べ物がない。
「お地蔵様には悪いが、なんにもないなあ。おにぎりを一口だけ残すのも考えたものの、食べかけというのも申し訳が立たないし、今日はこれで勘弁してもらおうか」
「そうね。この前薬とかいろいろ買って、今はお金もなかったから。だから明日、なにかおいしいもの持ってきますからね」
二人はお地蔵様にそう声をかけて、お茶を置いていった。
今日もそうして、家に帰ってヨサクが風呂を洗って沸かし、シズヨが夕飯の支度をしていると、家の戸を叩く音が聞こえてきた。
シズヨが戸を開ける。
「はい。どちらさまです?」
玄関前に立っていたのは、少年とも思われる年頃の子供だった。まだ十代の半ばくらいだろうか。
「旅の者です」
「そうですか、旅ですか」
「悪いのですが、今晩泊めていただけないでしょうか」
「こんな、なんにもない家でよかったら」
「ありがとうございます。あと、できればお食事も」
「ええ。それはもちろん。ただ、今日はちょっと少なくて。明日わたしが野菜も買ってくるつもりでしたが、夕飯は二人分を三人で分けるようになりますけど」
「構いません。お腹が空いて仕方なかったのです」
「若い子にはたくさん食べさせてやりたいけど、ごめんなさいね」
なんだかシズヨはこの少年がいたたまれなくなってきた。しかし、ないものはしょうがない。
気持ち自分とヨサクの分を減らして、少年の分を多めによそってやった。
夕飯を三人で食べ、風呂も済ませると、この日は眠った。
翌日。
早くからヨサクとシズヨが起きるのに合わせて、少年も起き出した。
「ゆっくりしていってもいいんですよ」
「そうそう。旅の疲れもあるでしょう」
労るようにシズヨとヨサクが声をかけるが、少年は元気溌剌といった顔で布団を畳み、こう申し出た。
「昨日は食事もいただきました。今日はお仕事を手伝います。稲の収穫でしたね」
それは昨日の晩に話したが、まさか手伝ってもらうつもりでもなかった。ヨサクとシズヨは慌てて断る。
「大丈夫、大丈夫。わしらの田んぼは小さいから、手を借りるほどでは」
「あんまりお構いもできなかったのに、それで手伝ってもらうなんて」
「いいえ! ぼく、どうしてもおじいさんとおばあさんのお手伝いがしたいんです!」
少年のたっての望みとあっては、二人共これ以上は断れなかった。
それで、シズヨは買い出しに出かけたので、少年はヨサクと田んぼに向かうことになった。
「ぼくは先に行ってますね!」
「場所はわかるかい?」
「はーい」
元気な少年はさっさと田んぼに駆けて行った。
ヨサクがいつもの道を歩いて、お地蔵様の前で「いってきます。帰りにはまたなにか食べ物を用意しますからね」と呼びかけて通り過ぎた。
田んぼに行くと、少年の姿が赤とんぼに混じっていた。もうさっそく稲刈りをしている。
「若い子は働きが違うなあ。この分だと、今日ははかどりそうだ」
「あ、おじいさーん」
少年はヨサクを見つけると手を振って、二人でいっしょに稲刈りに精を出す。
しばらくして、ヨサクは首に巻いていた手ぬぐいで額の汗を拭った。
「ふう。そろそろばあさんがこっちにくる頃か」
それを聞くと、少年はおもむろに稲刈りの手を止めて言った。
「ちょっと一旦、家に戻ってきます。おじいさんもたくさん汗かいてるし、手ぬぐいを持ってきますよ」
「そうかい。悪いね」
「いいえ! いってきまーす」
なんだかヨサクは孫といっしょに働いたらこんな感じなのかなと思って、楽しい気持ちで稲刈りを続ける。
そのうち、少年が戻ってきた。
「おじいさん、どうぞ」
「ありがとう」
受け取った手ぬぐいで汗を拭き、
「ちょっと休憩しようかな」
そう言ったとき、シズヨがやってきた。
「あら。結構稲も刈ってるのね」
「ああ」
ヨサクとしても、結構頑張ってやったし達成感さえあった。
しかし、振り返って田んぼをよく見てみると、自分たちが刈り取って重ねておいた分はたくさんあるのに、後ろにはまだまだ稲が残っていた。
「あれ? 思ったよりも進んでなかったかな?」
「そんなことないですよ! 続き、ぼくがやってますよ。休んでていいですからね」
「いいや。これは頑張らないといけないぞ」
「はい! じゃあ頑張りましょう!」
そこからは、ヨサクとシズヨと少年は三人で精出していっそう頑張った。仕事中、少年がずっとなにか歌ってくれているから、なんだか楽しくなって疲れ知らずに稲を刈った。しまいには自分たちも歌っていた。
かなりの稲の山ができ、ヨサクは大きく息をついた。
「ふうー! やったな!」
「ええ! やりましたとも!」
シズヨも笑顔でうなずく。
「明日も頑張りましょう!」
「なに。明日も手伝ってくれるのかい?」
「でも、うちの田んぼはそんなに……あらあ?」
言いながら、シズヨは振り返って驚いた。
「どうした? そんなに驚いた顔をして」
ヨサクも振り返ると、
「あんれー! まだまだあるぞ! こんなに進んでなかったかなあ?」
「進んでないというより、こんなにもこの田んぼに稲があったかしら?」
「確かに、そうだ」
刈り取った稲はたくさん積み上げてあるのに、まだ刈り取っていない稲が思った以上に残っていた。刈り取った面積に対し、収穫した稲も不思議なほど多い。
二人が話す横で、少年が笑って、
「あはは。たくさんあったらたくさん収穫できるんです。いいじゃありませんか」
「それもそうだな」
「ええ、ありがたいことだわ」
ということで、三人はこの日、家に帰ることにした。
少年はあれだけ働いたのに元気に走り出した。
「ぼくは先に帰ってお風呂の準備しておきまーす」
二人は手を振って、歩きながら話す。
「良い子だ」
「あんな孫がいたらどれだけいいことか」
「楽しいだろうなあ」
「本当にねえ」
今日も帰り道に、お地蔵様の前で足を止める。
シズヨが買った野菜を供えて、
「新鮮な野菜です」
「それじゃあ、また明日」
と二人は家に戻った。
家では、少年が息を切らせて風呂の準備をしていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「あとはわしがやるから、ゆっくりしておいで」
少年はあれこれとよく手伝って、夕飯と風呂を済ませ、また昨晩のように話をしてから布団に入った。
翌朝も、少年はヨサクとシズヨの二人と起き出して、先に行くと言っては駆けて行き、元気に仕事をした。
少年の歌うのに合わせて稲刈りをすると、その日もいつも以上にはかどり、仕事を終えると、昨日の不思議な現象と同じことが起こった。
刈った稲はたくさんあるはずなのに、刈り残りがまだまだある。
「あれまあ」
「不思議なこともあるもんだ」
「きっといい田んぼだったんですよ! じゃあぼくはまた先に帰ってお風呂の準備しておきますねー」
少年は走っていく。
ヨサクとシズヨは二人で帰る道で、お地蔵様にお供え物をした。
「こう仕事が楽しいと、はかどるものです」
「お地蔵様のおかげですかねえ。どうぞ」
そして、二人は家に戻る。
家では「おかえりなさーい」と息弾ませて働く少年がいた。
また翌日もまったく同じように一日を送り、たくさん収穫して、それなのにたくさんの稲が残り、これは不思議だなとヨサクとシズヨは思った。
しかし、不思議さよりも少年と過ごす日の楽しさでいっぱいだったので、二人はそう気にもしなかった。
「あら? ちょっと足、捻挫してない?」
食事中、楽しいばかりで気づかなかったが、少年は足首を捻挫しているようだった。炎症を起こして赤く腫れている。
「ちょっと急いでいたもので。でも、このくらい……」
「ダメよ。ほうっておいたら」
「そうだ。無理はいけない。ばあさん、湿布があったろう? この前、
「はいはい」
シズヨが湿布を取り出して、少年の足首に貼った。
「《
「赤くなるほどひどいんだと。で、これが白くなると炎症も鎮まる。この分だと明日の昼間には治ってるんじゃないかな」
「ありがとうございます!」
少年は明るい笑顔でお礼を言った。
翌朝。
今日も張り切って働くぞと思ってヨサクとシズヨが目を覚ますと。
隣の布団は畳まれてあった。
「あの子がいない」
「どうしたのかしら」
「手紙があるぞ」
「読みましょう」
二人は布団の上に置かれた手紙を読む。
「『いつもいつも本当にありがとうございます。お世話になりました。これからも仲良くお元気で』」
「そんな……」
シズヨの落胆は大きかった。
当然、ヨサクもである。
「さみしくなるなあ」
「名前くらい、聞いておくんだったわ」
「ああ。どこのだれだったんだろう」
二人が元気なく仕事に出て、田んぼへの道を歩いていると、お地蔵様の前で足を止めた。
「お地蔵様。今日も……あら?」
「どうした?」
「これ。昨日あの子に貼ってあげた湿布」
「ん? おお、本当だ! 《
ヨサクとシズヨは顔を見合わせた。
「つまり、あの子はこのお地蔵様だったのか」
「きっとそうよ。色もまだちょっと黄色いもの」
「そうか。だから、この前を通るときは、いつもいっしょにはいなかったんだ。先回りしていたんだな」
「家に帰ったときに息を切らせていたのも、そういうことだったのね。それで、急いでいたものだから足首をひねってしまったのかも」
「そうかもしれないな」
不思議な少年の謎が解けた二人は、途端に気持ちも明るくなってきた。
「お地蔵様のおかげとあっちゃあ、仕事もはかどるわけだ」
「ええ。稲がたくさんあったのも、お地蔵様のお恵みだったんだわ」
「わしらも、そこまでしてもらったら頑張らないといけないな」
「頑張りましょう!」
「おう!」
それ以来、ヨサクとシズヨの田んぼはその大きさに見合わず毎年たくさんの稲が収穫できるようになった。そのためお金持ちになり、毎日おいしいお米をたくさん食べることができた。
お地蔵様には以前にも増してお供え物ができるようになり、毎日かかさずお供え物を続けていたが、そのお供え物が毎日きれいになくなっていることなど、二人は今までもそうだったからか気にもしない。
そんな不思議なお地蔵様があるこのあたりの村の人たちは、ヨサクとシズヨから話を聞いてからお地蔵様を大事にするようになった。
たくさんの稲を実らせることから、『
そして。
ヨサクとシズヨが亡くなってからも、息子夫婦がその田んぼをもらい受け、実地蔵様を大事にしながらよく働いた。
米の味もよいということで、さらにその息子の代には、浦浜にある『
しかし、これもお地蔵様のお恵みから実ったお米だから高いお金はいらないと言って、浦浜のその店にはまるで欲のない価格で米を送っている。
代わりに冷凍されたシューマイが送られてくるなど、その店との関係も良好だった。店もどんどん評判を良くしていると噂も聞く。
それから十年ほどが経ち……。
この村を旅立つひとりの少年が、『
「それでは行ってきますだなも! 我が輩が学ぶ
まだ十代も前半の少年は、愛嬌のある可愛い猿顔に期待を漲らせて、自分のおむすびを一つ供えてぺこりと会釈し東へと歩いて行った。
半月後。
少年は王都への道すがら、浦浜に立ち寄った。
「にぎやかだなもねえ」
なにも知らず気づかず、少年は『鉄人之厨房』の前を通り過ぎる。実はここに自分の村の米が送られているとは思いも寄らない。
近くの遊園地では、同い年くらいの子供二人がキッズファイターエリアで全身の筋肉を使ってペダルをこいでいる。自転車の遊具で本気で遊んでいるらしい。
「エミ、もうひとふんばりだよー!」
「足ちぎれそうだけどがんばろーう!」
それを見て、少年はふっと笑った。
「楽しい町だなもね。浦浜」
ここからは北へと向かってさらに歩く。
「いつかはこの港町から海の外へ出てみたいものだなも。さて、それよりも、まずは『王都』
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