36 『末成り瓢箪威儀を正す』

 ケイトは、ヌンフが立ち去ったあと、立ち上がると盗賊のジドを背負って再び歩き出していた。

 ヌンフには抵抗もせずに一方的に殴られるのみだったから、ダメージも大きかった。

 ジドを背負って歩くのも、負担が大きい。

 足取りもゆっくりで、引きずるような調子であった。


「うっ」


 小石につまずき、ケイトは前に倒れる。


 ――く……。ボクは、どうしたらいいんだ。ブロッキニオ大臣は、なにか勘違いしてる。えいぐみは、あんなに良い人たちじゃないか。……それに、クコさんの剣を盗めだなんて……。あれは大切な王剣だ。でも、ボクは、やるべきなのか……?


 うつ伏せになった身体を起こそうとしたとき、


「あ……」


 手が差し伸べられた。

 だれだろうか。

 前方から来た人ではない。ということは、後ろから歩いてきていた人だろう。

 顔を上げると、そこにはせい人らしき青年の顔があった。

 ケイトの見たことない人物である。

 それも、二人いた。

 うち一人が手を差し伸べ、天衣無縫な笑みを浮かべている。

 ミナトとはまた違った、しかしどこか根の部分で通じているようなところもある純度の明るさがうかがえる。ケイトにはそう感じられた。


「大丈夫だなもか?」


 ニコッと、とろけるような優しい微笑みが猿顔の青年の顔に浮かび、ケイトも釣り込まれて笑顔になる。

 ひと目で、


 ――変わった人だ。


 と思った。

 ケイトはうなずき、手を取った。


「はい。ありがとうございます」

「だなも」


 青年はケイトを引っ張り起こすと、にっこりとうなずいた。

 そして、隣にいるもうひとりの青年は、反対にずっと苛立ったような怖い顔つきをしている。だが、嫌な印象は受けない。ケイトにはそれが、カジノや競馬で負けた自分の運のなさを呪っているような、彼自身へ向けた小さな怒り程度にしか見えない。むしろ、怒ってさえいないのではなかろうか。怒りを触媒にして燃え上がらせるヌンフにも、なんの影響も与えぬ特質にも思えた。

 強面の青年がぶっきらぼうに言う。


「ボロボロじゃねえか。どうしたよ」


 聞かれて、ケイトは口ごもる。


「いいえ。少し……」

「まあいいさ、しゃべりたくねえってんなら聞かねえよ」


 ケイトよりも三、四歳くらい年上にも見えるこの青年たち。猿顔の青年の年齢はわかりにくいが、二人の年は同じくらいと思われる。


「動くな」

「え」


 突然そんなことを言われ、ケイトは身を固める。


「《はくらく》」


 青年はケイトの顔に手を伸ばし……。

 目をつむったケイトが、次に目を開けたときには、青年の指にペラペラとしたモノがつままれている。


「この寝転がってんのは仲間か?」

「いいえ」


 背負っていた盗賊・ジドのことである。


「じゃあ、やっぱりこいつは盗賊か」

「あ、はい」

「なら構わねえだろ」


 そう言って、青年は薄い皮のようなモノをジドの腕に貼り付けた。

 すると、ジドの腕には、傷がついた。


「他のも取ってやるよ」


 青年はケイトの身体中にある傷や腫れといった怪我、さらには汚れまでもを剥がしては捨てていった。最初の傷以外はジドにもつけずに捨てている。

 ケイトの顔や身体からはすっかり痛みが無くなり、服の汚れも消えていた。


「ありがとうございます」

「癒えない傷も、消えない傷もない。治るのがちょっと早まっただけだ。あんま無茶すんなよ」

「気をつけるだなもよ」

「じゃあな」

「さよならだなもー」


 二人の青年が先へと歩き去ろうとしたところへ、ケイトは声をかける。


「あの、あなた方は――」

「ただの通りすがりだ」

「だなもー」


 強面の青年は半身だけ振り返って、猿顔の青年は太陽のような笑顔で大きく手を振り、二人は去って行った。

 急いでいるようでもあったし、なにか用事もあるのだろう。

 ケイトは口の中でつぶやく。


「ありがとうございました」




 キミヨシとトオルは、馬車を目指していた。


「もうリラちゃんも帰ってるかもしれないだなも」

「だといいが」


 リラの安否が気に掛かって出かけたのは少し前。

 途中で盗賊団と戦う場面もあったが、他には怪我をして倒れていた少年に手を差し伸べた以外になにも成果がない。

 盗賊と戦って以降は危険人物もない。


「このまま帰っていいのか?」

「仕方ないだなもよ。さっきの子、盗賊を背負ってただなも」

「だな。バミアドパトロール隊にでも突き出すためだろう」

「そうなると、盗賊団を相手に戦っている子と思われるだなも。そんな子がおそらく他にもいるだなも」


 今も、通行人がしゃべっている声が聞こえる。


「向こうで、士衛組って人たちが盗賊団を捕らえてくれたんだってさ」

「らしいな。だったよな」

「そうそう」

「カッコイイよな」


 そんな会話を聞き、キミヨシは続ける。


「だから、リラちゃんも大丈夫だなもよ」


 話しながら歩いていると、また馬車に戻ってきた。

 馬車には、ナディラザードがいた。


「ナディラザードさん。リラちゃんといっしょじゃないだなも?」


 キミヨシはリラの姿がないことに気づいて聞くと、ナディラザードが複雑な表情でうなずく。


「ええ。途中で別れたの。なにか、事情がありそうだったわ」

「事情だなもか」

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