26 『猛獣の牙』
クコは玄内の別荘から馬車へと戻り、厩を出た。
ヨウカンのお皿と湯飲みを下げてきたのだが、厩は宿と隣接しているし、すぐに宿には戻れる。
だが、声がかかった。
「見ぃーつけた」
ぴたりと、クコは動きを止めた。
「こんなところにいたとはねえ、『
もうクコにはわかっている。
――わたしをそう呼ぶのは、アルブレア王国騎士だけ。こんなところで見つかってしまうとは……。しかし、運命の気まぐれには逆らえない。戦うしかありませんね。
クコはそっと食器を厩の前に置いた。道の端だから、盗まれない限りはだれの邪魔にもならないだろう。
振り返ると、女騎士がいた。
肩とお腹を出した衣装で、、下半身を毛皮の腰巻きが覆っている。まるで原始人のような出で立ちだった。年は二十代前半だろうか。金色の髪が荒々しく無造作に跳ねていた。
「アルブレア王国騎士の方ですね」
「そういうこと。だからわかるでしょ」
「はい」
うなずく。
――わかっています。でも、ちょっとお皿を下げるだけのつもりだったので、剣もないんですよね。
逃げられそうもないことも理解している。相手はかなりの反射神経を持っていそうだと、その姿だけで見て取れる。
女騎士は言った。
「やっぱり物わかりがいいや。じゃあ、やるよ。カバディ!」
「はい!」
勢いで返事をしてクコも構え、そのあと小首をかしげた。
「……え?」
「ついてきな」と女騎士に言われて、クコは人通りの少ない路地裏に移動した。
互いに武器はない。
クコはいつ攻撃を仕掛けられても対応できるように警戒しているが、さっきの言葉が胸につかえている。
――カバディ。カバディ。カバディ。カバディって……なんですか……。
ちょうどよいところまで来たと判断したのか、女騎士は足を止めて振り返ると、改めて挨拶した。
「自己紹介がまだだったね。アタシはアルブレア王国騎士、『
「リュウシーさん。真剣勝負ということで、いいんですね?」
「もちろんさ。互いの野性で噛みつく壮絶なバトル。それが、アタシのカバディよ!」
そこまで言われたら、クコも負けるわけにはいかない。
「魔法による特殊ルールのバトルですね。ルールをお聞きしてよろしいでしょうか?」
「へっ! 待ってました! アタシの魔法は、《アウトorバディ》!」
やはり魔法による勝負らしい。
「術者、つまりアタシが『カバディ』と発声しながら近づき、対戦相手を三回タッチすると、触れられた相手はなにかを辞めなければならない」
「なにかを……辞める……」
「理屈の上で極めて困難なものは辞められないけどね。たとえば、クコ王女に女を辞めろと言っても無理。王女を辞めろと言ってもギリギリダメ。でも、士衛組を辞めろと言われたら、辞めなければならないってこと。境界っていうか、基準はこんなもんかな」
「なるほど」
「ルールの続き。タッチを『アウト』と呼ぶ。三回で『スリーアウト』。もしアタシが対戦相手に三回触るまでの間に、逆に一回でも対戦相手から触れられてしまうと、自分が『スリーアウト』になってしまう。ノーカウントのタッチエリアは互いの手」
つまり、リュウシーの手が迫ってきたからといって、その手をタッチしても、それはノーカウントになる。
「また、武器や魔法の使用はアリ。アタシはこの魔法だけだから、そっちの自由度を上げるわけだね。で、『スリーアウト』になったら、相手のバディとなって協力者になる。どう? 野性が燃えるでしょ?」
「はい!」
クコは力強く返事をした。
「お! いいねえ! ノリがいいねえ、『
リュウシーはそう言ってくれるが、クコとしてはただノリで答えたわけではない。
――わたしの武器がない今、むしろ好都合です! わたしはリュウシーさんにタッチされずに、一度でもリュウシーさんにタッチすればいい。三回タッチされる前に、それができれば、それだけでわたしの勝利となる。負けません!
ステップを踏み始めるリュウシーに、クコは問いかけた。
「一応、聞いておきます。互いが辞めるものは、最初に決めておく必要がありますか?」
「そうだね。それを宣言してから始まる。しかも、相手が辞めるものを双方が指定するわけ。ちなみに、アタシが勝ったら、クコ王女には士衛組を辞めてもらう。そして、アタシのバディになってもらう。そっちはなにを要求する?」
「わたしは、バディになってもらいたいとは思いません。しかし、あなたにはアルブレア王国騎士を辞めていただきます。それだけです」
「オーケー! そんじゃあ、いきますか!」
「はい!」
「カバディ、スタート!」
勝負の開始が、リュウシーによって告げられた。
リュウシーはさっそく動き出す。
「カバディ、カバディ、カバディ……」
クコも動きやすいようにステップを踏もうとしたとき、リュウシーは飛び込んできた。
――え?
横に避けようとしたクコだが、足が動く前に、リュウシーの指先が、ピトっと、クコの首筋にタッチされていた。
「こんなにも、速いのですか……」
「よし。その首、食いちぎった! もしアタシの手が猛獣の牙だったら、クコ王女は即死だったよ。てことで、まず、一回目の『アウト』だね!」
相手のあまりのスピードに、クコは自分の考えが甘かったことに気づかされた。
――そうですよね。この真剣勝負に全力をかけて鍛えてきた人。そんな人に、簡単に勝てるわけがない。でも、わたしだって無力じゃない。サツキ様の瞳を疑似体験したこともありました。ミナトさんの神速の技を毎日のように見てきました。それに比べたら、勝機はあります!
ふうと呼吸を正して、クコはルビー色の瞳を強く開いた。
「じゃあ、第二ラウンド! いきますか!」
「はい!」
「カバディ、スタート!」
リュウシーは即、気づく。
――お! いいねえ。感じが変わった。狩猟犬の目になってるじゃん!
慎重に近づきながら、リュウシーは発声を始めた。
「カバディ、カバディ、カバディ……」
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