船旅・西遊譚編 後日譚【おまけの短編集】

幕間追記 『鯰-念-粘 ~ Resonance System ~』

 創暦一五七二年六月の上旬。

 これは、五人の旅人が黎之国から蓮竺までの旅の途中のお話。

 五人は、それぞれ……

 蓮竺まで経典を取りに行く中にある『くんせんしょうほう

 留学のためアルブレア王国を目指す『たいようわたりきみよしと『おんぞうとおる

 妻の病気を治す手がかりを求める『みずせんとんぱいぱい

 アルブレア王国第二王女の『画工の乙姫イラストレーターあお

 キミヨシとトオルとリラは晴和王国から共に海に出て、黎之国に漂着後に仙晶法師と出会い、四人で旅していたところ豚白白とも出会い、連竺目指して五人で旅をしていた。

 彼らの旅は、川沿いの村を訪れたところだった。




 小さな村である。

 人口も何十人という規模で、農作物を育てて生活している家がほとんどのように見える。

 ただ、人々の顔は浮かない様子だった。


「なんであんな憂鬱そうな顔してるだなも」

「理由もなければ笑ったりもしないだろ」


 キミヨシとトオルがしゃべる横で、リラも首をひねる。


「でも、やっぱりみなさん顔色が優れないように見えます」

「そうだっちゃ? 別においらには普通……」


 言いかけて、豚白白は急に走り出した。

 村人の女性の前で急停止して、声をかける。


「どうしました? 浮かない顔ですね。僕が相談に乗りましょう。どこか、カフェはないかな」

「え、あなたは……」


 女性は二十歳になるかどうかといったところで、豚白白が彼女の手を握って歩き出そうとしたところを、キミヨシに割って入られる。


「やあやあやあ。ご機嫌いかがだなも? うちの豚白白くんが突然おかしなこと言ってしまってごめんねだなも。許してちょうだいね」

「は、はあ」


 困惑する彼女に、キミヨシは言葉を続ける。


「我が輩たちは旅の者だなも。今晩の宿を求めたいが、この村には宿はあるだなも?」

「いいえ。こんなところに、来る人はいませんから」

「なるほど。それは残念だなも。じゃあ早めに先へ進んだほうがいいかもしれないだなもね」

「そうですね。この村には妖怪が出てきます。ここにいてもいいことはありません」


 と女性は力なくうなずく。

 トオルに首根っこをつかまれていた豚白白が、なにかに気づいたように、


「もしかしてその妖怪って、しゅおうの手下だっちゃ?」

「さあな。かもしれないが、オレたちが来る前からだろ?」

「だったら、わたくしたちには関係のない妖怪かもしれないのですね」


 と、トオルの考えにリラも同意する。

 しかし仙晶法師は首を横に振った。


「いいえ。この村の人々は困っているようです。困っている人を見過ごすことはできません。お話を聞きましょう」

「やれやれ。仙晶さまのお人好しがまた出てしまっただなもね」


 呆れているキミヨシだが、仙晶法師のこんな正義感と慈愛の心に満ちたところが好きだった。

 そうと決まったら、豚白白は早い。また村人の女性の手を取って、決め顔で提案する。


「では、お話をしましょう。今晩はずっと僕がいっしょにいます。だから安心ですよ」

「妖怪を見るような目をされて怖がらせて、豚白白くんにも困ったものだなもね」

「おまえがいたら安心できねえよ」


 キミヨシが豚白白の腹を撫で回しながら割って入り、トオルが豚白白の服を後ろからつかんで引き離し、今度はキミヨシが豚白白の身体を女性から反対に向けさせると、少年の姿を見つけた。八歳くらいで、切りそろえられた黒髪はまじめな感じを受ける。


「やあやあやあ。キミもこの村の子だなも?」

「うん。お兄ちゃんたちは旅の人だね。めずらしいっ」

「そうなんだなもよ。我が輩はキミヨシ、こっちがトオル、豚白白くんにリラちゃん、仙晶法師さまだなも」


 ざっと五人を紹介すると、今度は少年が挨拶した。


「ぼくはかくじゅんだよ」

「ついさっき妖怪が出ると聞きましたが、本当でしょうか?」


 仙晶法師が尋ねると、郭順は大きくうなずいた。


「うん。川からやってくるんだ」


 この間にも、トオルは「今のうちに」とさっきの女性を逃がしてやり、豚白白はがっくりしていた。

 リラは仙晶法師に続いて質問する。


「川に住む妖怪なんですか?」

「そうだよ。ねんぜんおうっていうんだ。ナマズの妖怪で、とっても大きいよ」

「もっと詳しく聞きたいだなもね」

「じゃあうちにおいでよ。うちは父さんがせいあんに出稼ぎに出ているから母さんと二人だしさ」

「まあ。よろしいのですか?」

「いいよ、お姉ちゃん。うちはそんなに大きいわけじゃないけど、五人なら一人一つずつお部屋も用意できるもん」

「ありがとうございます!」

「ありがとうだなも!」

「すみません。それでは、お世話になります」


 リラ、キミヨシ、仙晶法師が言って、あとからトオルも「よろしく頼む」と頭を下げ、豚白白は名残惜しそうにさっきの女性を振り返っていた。トオルに頭を下げさせられて、


「あ、よろしくだっちゃ」


 と笑顔を浮かべる。


「うん。よろしくね」


 郭順が家に案内してくれる。

 家は五人でも大丈夫というだけあって広かった。

 リビングに行くと、郭順の母親がいた。

 まだ三十歳になるかというところである。一度息子の郭順を見て悲しげな顔をしてから、仙晶法師たちに気づくとすぐに平静を取り繕う。


「あら。お客さんですか。いらっしゃい」

「この人たちは旅人だよ。仙晶法師さま、リラさん、キミヨシさん、トオルさん、豚白白さん」

「わたしはこの子の母で、と申します」


 代表して仙晶法師が挨拶する。


「どうもお邪魔いたします。我々は旅をしている者です。蓮竺を目指しているところで、この村に立ち寄ったのですが、気になる話を聞きまして」


 仙晶法師にそこまで言われると、すぐに母親の思依は察した。


「あ。もしかして、ねんぜんおうのことですか?」

「ええ。私は仙晶法師といいますが、事情があって首羅王という『ようかいだいおう』に狙われているのです。もしかしたら、首羅王の手下ではないかと思いまして」

「おそらく、あの『妖怪大王』は関係ないと思います。自らも王と名乗る鯰髯王です、しかも『妖怪大王』が現れたよりもずっと以前からこの村の近辺で悪さをしているんです」

「ナマズの妖怪と聞きましたが、どのような悪さをするのです?」

「鯰髯王は高さが十メートル以上もある大きな妖怪なのですが、もっとも特徴的なのは長いヒゲです。このヒゲを揺らせて、地震を起こします。地震を起こされたくなかったら、貢ぎ物を寄越せと言ってくるんです」

「貢ぎ物」

「はい。木の実や野菜、家畜の肉などを求めます」

「それは大変だなもね」


 キミヨシがそう言うと、思依は力なくうなずく。


「本当に……。実は、今年は不作で、木の実は枯渇してきていますし、家畜の肉も随分と減ってきてしまっています。高い場所には木の実もあるのですが、我々人間では手も届かずもぎ取れません。そこで、今度は子供でも食べてやると言っていて、いつそれを要求してくるか……」

「なんと! ならば、我が輩たちに任せてほしいだなも! 困ってる人を助けるのもこの旅の目的。そうだなもね? 仙晶さま」

「ええ。その通りです」

「だなも」


 仙晶法師とキミヨシの言葉を受け、思依は頭を下げて懇願した。


「お願いします! わたしには助けてもらってもお礼をできる力がありません。ですが、もし子供を要求されれば、うちの子になると村長に言われてしまいました。この村には子供もほとんどいませんから、ちょうどよい年頃になるのが我が子だけで」

「お任せください。では、詳しいお話を聞かせてくださいますか」

「はい」


 それから、五人は思依から鯰髯王について話を聞いた。

 思依曰く。


「ヒゲを揺らせて地震を起こします。念じると地震を起こせる魔法で、《ねんしん》と呼んでいました。過去、地震を起こさせないためにヒゲを切った人がいたそうですが、ヒゲはすぐに生えて復活したといいます」

「つまり、ヒゲは弱点じゃないだなも?」

「はい。また、身体はヌメヌメで、斬ろうとしてもうまく斬れず、打撃も通用しないし、銃弾も効きません」

「じゃあ、弱点はないってことですか?」


 リラが不安げに聞くと、思依はゆるゆると首を横に振った。


「いいえ。こんな言い伝えがあります」

「言い伝え?」

「『ネンゼンオウ、ネントラルルト、イキラレン。アシブミハ、ネンゼズトモ、キョウシンス』。どういう意味なのか、村人は理解できていないんです。なにせ、ずっと前の言い伝えですから」


 豚白白はなにも考えていない顔で、


「わからないっちゃ」

「そうですね。キミヨシさん、トオルさん、リラさん、なにか思いつきますか?」

「オレもわからないです」

「わたくしも。『ネントラルルト、イキラレン』は、ネンを取られると生きられない、というのはわかるのですが、ネンがなんなのか……」

「念じるの『念』を取ると地震を起こせない、ってのはなにも解決できてないしな」

「漢字の鯰から念を取ると、魚になるだっちゃ」

「魚だけになると生きられない、としても意味が通じませんね。続きもなんのことか」


 四人が考え込んでいるところで、キミヨシは思依に質問した。


「他にはなにか言い伝えはあるだなも?」

「これだけです。昔、悪さをしたときにもそうやって解決したと言われていますが、詳しいことは……」

「だなもか。じゃあ、我が輩たちも考えてみるだなもよ」

「よろしくお願いします」


 思依はすがるような思いでそう言った。




 夜――。

 五人全員に一部屋ずつが与えられ、キミヨシはベッドで横になりながらひとり考えていた。


「ヒゲを揺らせて地震を起こす《ねんしん》。すごい魔法だなも。その話が本当なら、ヒゲを切ってしまえば、地震は起こらなくなる。が、すぐにヒゲは生えてしまう。それに、地震を起こされずとも戦って勝てるかは怪しいだなもね」


 やはり、鍵はあの言い伝えにあるようだ。


「『ネンゼンオウ、ネントラルルト、イキラレン』。ネンってなんのことなのか、それが大事だなもね……。そして、その続き、『アシブミハ、ネンゼズトモ、キョウシンス』。この意味は……」


 じぃーっと天井を見つめ、キミヨシは考えた。

 それからたったの一分。

 突然、キミヨシはベッドから起き上がった。


「ひらめいただなも!」


 そのとき、ドアをノックする音が立った。


「キミヨシ」

「トオルだなもか。入っていいだなもよ」


 ドアが開き、トオルが部屋に入ってくる。


「なにか策は考えたか?」

「ちょうどいいところに来ただなもね。考えついたばっかりだなもよ」

「よし。聞かせろ」

「今回はトオルの役割が一にも二にも大事になるだなも」

「ほう」


 二人が話し合って戦略を煮つめ、作戦を実行するための下準備を施し、夜が更けていった。

 翌朝。

 五人が朝食をいただき、鯰髯王が現れるまでは家の手伝いでもしようかとそれぞれが働いていたところ……。

 村では騒ぎが起こっていた。

 どうやら、さっそく鯰髯王が現れたらしい。

 キミヨシが騒ぎを聞き分け、四人に呼びかける。


「来ただなもね。行くだなも」

「はい!」


 リラも答えて、五人は川沿いに向かった。

 川岸では、大きな妖怪がいた。

 郭順の母親・思依が言っていた通り、ナマズの妖怪である。手足を持ち、二本足で立っている。体高は十五メートルほどあるのではないだろうか。

 ナマズらしい長いヒゲが特徴的だった。

 鯰髯王は地響きのような声で口を開いた。


「新しい村人もいるようやネンな。わては鯰髯王やネン。で、貢ぎ物がなんでこれだけやネン」


 村人は答えられずにいる。

 すると、鯰髯王のヒゲがニョロニョロと動いた。

 そのタイミングで、鯰髯王は足踏みを始めた。


「ほんなら地震を起こしてもええってことやネン! な?」


 足踏みを数度、地面が揺れてきた。

 グラグラ揺れて地震が起こる。

 震度としては2程度だが、それが3近くになってきた。

 そこで、地震が収まってくる。

 リラはこの地震の揺れを感じて、


 ――本当に、地震が起こった。リラは立っていられないほどじゃない。でも、この村の建物はそれほど丈夫じゃないから、村の人たちが困るわけだわ。


 と村を振り返る。

 鯰髯王は言った。


「わかったんなら、子供を出すのが約束やネン」

「やあやあやあ! 我が輩は『太陽ノ子』猿渡公吉だなも。食べるならまずは我が輩からでどうだなも? 一口で食べてちょうだいね」


 開口一番、小柄な猿顔の青年がそう愛嬌たっぷりに申し出てくれて、鯰髯王はうれしそうにニタリとした。


「自ら食べられたいとはなかなかの心がけやネンな、新しい村人。ほんなら食べてやるネンか? こっちにくるとええネン」


 手招きする鯰髯王の足元にやってきて、キミヨシは静かに立つ。


「どうぞどうぞだなも」

「キミヨシさん」


 不安げな顔のリラに、キミヨシはウインクする。


「心配御無用! 次はリラちゃんだなも」

「え?」


 ポカンとするリラが考える間もなく、鯰髯王はキミヨシをつかみ取る。


「うわ、ヌメッとするだなもね」

「このヌメリがええネンか」


 問いかけられるように言われるが、キミヨシもそれには答えない。

 その間に、トオルがリラにささやく。


「リラ」

「は、はい」

「キミヨシは大丈夫だ。策もある。だが、リラもあいつの腹の中に入ってもらいたい。できるか?」

「わ、わかりました。トオルさんとキミヨシさんを信じます」

「頼む」


 こうしている間にも、キミヨシはパクッと鯰髯王の口に放り込まれてしまった。


「ん? なんやネン、噛み砕く前に胃袋に転がってしもうたようやネン」


 だが、それも深くは考えずに腹を叩いた。


「まあええネン。食べられたんやから同じやネン。けどな、まずいもうまいもなかったからもうちょっと食べたいネンか?」


 村人が視線をそらすと、リラが一歩進み出た。


「で、では! 今度はわたくしが!」

「ほほほう! 子供やネンな? ええネン、それでええネン!」


 喜び勇んで、鯰髯王はリラを手招きする。


「……」


 リラはそちらに歩いて行く。

 立ち止まると、キミヨシ同様、鯰髯王のヌメッとした手に握られて、リラは口に放り込まれてしまった。


「ぱっくんしたネンけど、また噛まずに飲み込んでしまったようやネン」


 なまま、と鯰髯王は笑った。


「せっかくだから、おまえも食べられてみたらどうやネン?」

「お、おいらだっちゃ?」


 自分を指差して豚白白が聞くと、鯰髯王はヌメッとした笑顔でうなずく。豚白白はブンブンと頭を振った。


「ごめんだっちゃ! おいら、食べてもおいしくないだっちゃ」

「おまえが一番おいしそうやネンか」

「トオルくん、どうだっちゃ?」


 水を向けられ、トオルは内心でほくそ笑む。


 ――いいアシストだぜ、豚白白。作戦、決行だ。待ってろ、キミヨシ、リラ。


 冷然とトオルが答えた。


「いいぜ」

「おまえもノリがいいネンな。まず、おまえを食うのがええみたいやネンな」


 鯰髯王は手招きする。


「こっちに! こっちに来ればええネン」

「悪いが、オレはちょっと足が悪くてな」

「え、そうだっちゃ?」


 最後までそれを言い切る前に、トオルが豚白白の口を押さえて、鯰髯王を見上げる。


「そういうわけだから、代わりにそっちが来てくれねえか」

「わてが? しょうがないネンな。まず、こっちが行って食べてみるネン」


 ヌメリのっそり鯰髯王が歩いてくる。

 たったの十メートルほどの距離を歩いているところで、トオルの目の前に来た瞬間、鯰髯王は異変を知った。


「あああ、足が、埋まってるネンか!」

「フ。ああ、そうだな」

「ど、どうなっとんネン! なあああああぁぁ……」


 穴の中へと消えて行く鯰髯王。


「さあ。ここからが本番だぜ、鯰髯王」


 それを追って、トオルと仙晶法師が穴に入ろうとする。

 先に穴に入ったトオルだが、仙晶法師は豚白白の手を引いた。


「なにをしてるんです。行きますよ」

「え、おいらも……?」

「当然です」

「行こうよ!」


 と、八歳の男の子・郭順が豚白白の背中を押して、仙晶法師と豚白白と郭順も穴に入った。あとから郭順の母親・思依も入る。

 出ると、そこは深い森の中だった。

 村の人の気配がなく、川からも離れた場所のようで、ここがどこなのかまるでわからない。

 トオルは《月牙移植鏝ジョイントスコップ》で穴を埋め立てる。


「これは空間をつなぐ魔法道具、《月牙移植鏝ジョイントスコップ》。当然、つないだ空間を埋め立てることもできる」

「おおお、おい! おまえ、ここはどこやネン!」


 鯰髯王が問いかける。


「そうか、言ってなかったな。ここはオレが作ったワープ地点。村からは離れた場所になる」

「早く! 早く元の場所に、戻したらどうやネン!」

「戻すわけねえだろ」

「なんでやネン!」

「おまえを改心させるためだ。《はくらく》」


 魔法を唱える。

 手を伸ばし、鯰髯王の身体に指先が触れた。

 トオルの指先は鯰髯王の身体からヌメリを剥がしてしまった。あれだけ大量にあったヌメリも、その分量に関係なく表面がキレイに剥がされている。

 ヌメリを捨てると、トオルは言った。


「さ、どうする?」

「なあああああああ! ヌメリが! なんでヌメリを取んネン!」

「おまえの弱点だからさ。『ネンゼンオウ、ネントラルルト、イキラレン』。この取られると生きられないネンってのは、粘液のことだ。つまり、そのヌメリ。それがないとおまえは生きられない」

「ヌメリがないと、死んでまうネン!」


 鯰髯王が、さっきトオルが捨てたヌメリに身体をこすりつけようと身体をかがめようとしたとき、


「痛っ! 痛っ! なんでこんな痛いネン!」


 苦しそうに痛みを訴えた。


「それは、おまえの腹の中でキミヨシが暴れてるからだ」


 トオルの言葉通り、鯰髯王の胃袋の中では、キミヨシとリラが戦っていた。

 キミヨシはリラに笑顔を向けて、


「いい調子だなもよ、リラちゃん」

「はい!」

「リラちゃんの魔法、《真実ノ絵リアルアーツ》で作ったハンマーもよくできていて、鯰髯王に効いているようだなも!」


 現在、リラが自身の魔法で作ったハンマーで鯰髯王の胃の中の壁を叩き、キミヨシが《にょぼう》で突っついたりしている。鯰髯王の身体の中だからか、不思議な響きで「痛っ! 痛っ!」と声が聞こえる。

 リラはキミヨシに問うた。


「でも、本当に粘液が弱点で、それがなくなったら生きていられないとしたら、お腹の中にまで入る必要はなかったのではないですか?」

「いいや。せっかくトオルが《剥落》で粘液を剥がしても、力技で粘液を取り返される可能性もある。が、ここで我が輩たちが暴れれば、粘液で防御できない内側を攻撃されて、普段はまるで感じたことのない激痛に襲われ、鯰髯王はまともに動けなくなるとみただなも。つまり、我が輩とリラちゃんの目的は、鯰髯王の動きを封じて力技をさせないこと」

「その間に、降伏を勧めるのですね」

「だなも。仙晶さまがうまく説いてくだされば、きっとあの鯰髯王も改心してくれるだなも。我が輩の推測では、鯰髯王は……」


 鯰髯王を前にして、トオルは言った。


「リラも暴れてくれてるかもな」

「あいつらやネンな? まず、あいつらを吐き出すのが先決やネンな?」

「なあ、鯰髯王」

「なんやネン」

「おまえ、本当は地震を起こす力なんかないな?」

「ギクッ!」


 身体をビクリとさせ、鯰髯王は慌てて、


「なに言ってんネン! 地震を起こす《念震》がわての魔法やネン!」

「『アシブミハ、ネンゼズトモ、キョウシンス』。この意味は、おまえが地震を起こすときのクセのことだろ」

「ヒゲを揺らして念じるネン」

「いや。そっちじゃねえ。おまえは足踏みする。それは、地震が起きるのに合わせてする行為。この効果は、共振。地震を大きくする魔法だったのさ。つまり、おまえはそのヒゲで地震を感知する能力と、共振によって地震を強くする魔法があった。それをあたかも自らのヒゲだけで地震を引き起こしていたかのように見せかけていた。だろ?」

「ななな、なに言ってんネン!」


 狼狽している鯰髯王の様子に、トオルはキミヨシと二人で立てた推論が正しかったと思った。


「今も胃の中が痛いんじゃないのか。これまで、まともな痛みなんてのはヌメリのおかげで感じたこともなかったろうからな」

「痛っ! べ、別に、痛くは……痛っ!」

「その痛みも、ヌメリがなくなった苦しみも、解決するのは簡単だ。オレたちに降伏すりゃあいい」


 クールにそれだけ言って、トオルはもう自分の役目も終わったと言わんばかりの顔で、仙晶法師に向き直った。


「仙晶法師さん。あとは任せます」

「ご苦労様です、トオルさん。引き受けました」

「おまえは……」


 苦しげに仙晶法師を見下ろす鯰髯王。


「私は仙晶法師。旅の僧侶です。ここで一つ、私の頼みを聞いてください」

「た、頼み?」

「村の人たちから貢ぎ物をもらうのをやめてください」

「わ、わかった! わかったから助けて欲しいネン!」

「それさえ約束していただければ、お助けしましょう」

「約束するネンか! だから助けて欲しいネン! じゃないと、ヌメリもなくて、わては……」


 仙晶法師は目を閉じて、心の中で呼びかける。


「(キミヨシさん、聞こえますか?)」


 キミヨシが頭につけた魔法道具、《きん》には仙晶法師からキミヨシへ、一方的にではあるが、しゃべりかけられる効果がある。


「(外に出てきてください。トオルさんに迎えに行ってもらいます)」


 胃の中では、キミヨシが目線をくいっと上げて、


「おや。仙晶さまが戻ってくるように言ってるだなも」

「どうやって戻ればよいでしょう」

「それはトオルがやってくれるだなもよ」

「あ、《月牙移植鏝ジョイントスコップ》ですね」

「だなも」


 胃袋の壁への攻撃をやめたキミヨシとリラ。

 すぐに、胃袋の壁に穴ができた。

 ヌメリもなくなった今のうちに、トオルが鯰髯王の腹部にスコップで穴を開けたのである。


「よう。ご苦労、二人共」

「トオル! そっちこそお疲れ様だなも」

「ありがとうございます! トオルさん」


 鯰髯王の身体の外側から《月牙移植鏝ジョイントスコップ》で穴を空ければ、キミヨシとリラは外に出られる。そして、そのあとで穴を閉じればいい。

 二人が外に出て、トオルによってまた穴は閉じられる。また、トオルは剥がした粘液をはりつけなおしてやり、鯰髯王は一命を取り留めた。トオルの《剥落》は剥がすだけでなく、自らが剥がしたものなら別の場所にだろうと貼りつけることができる。


「はあ、はあ。ギリギリやネンな。もうちょっと放置されたら、乾燥しきってしもうて危ないところやったと思うネン」


 キミヨシとリラは太陽の光を浴び、仙晶法師に状況を教えられる。


「おかげさまで鯰髯王さんには改心していただく約束を取りつけました」

「これで解決だなもね」

「でも……」


 さっぱりした顔のキミヨシに対して、リラはまだ曇っている。仙晶法師はキミヨシを諭すようにして、


「まだですよ。お話を聞いて、根本的解決をしなければなりません。今後のことも、どうしてゆくべきか、考える必要があります」

「そうですね!」


 リラはやっと柔らかく微笑が浮かぶ。

 キミヨシはやや呆れたように、しかし優しく笑った。


「うきゃきゃ、やっぱり仙晶さまはお人好しだなも。確かに、話を聞いてみるのがよさそうだなもね」

「ええ。それで、鯰髯王さん。どうしてこの村で貢ぎ物を要求するようになったのか、話せる限り、我々に教えてくださいますか?」

「話を聞いてくれるネンな。まずはありがとうやネン」


 背中まで丸まった鯰髯王は、今まで心に溜めていたものを吐き出すようにしゃべり出した。


「実は……わては、元はえらい小さかった子供ナマズの妖怪やネン。人の言葉がわかって、地震の予知ができんネン。その能力があったから、子供やったわては村の仲間に入れてもろうて、毎日楽しく暮らしてたわけやネン。せやけど、わては妖怪、どんどん身体が大きくなって、仲良しだった村人たちも親から子へ、子からさらに子へと、世代が変わっていくネンか。次第に、身体の大きなわてを怖がる世代になって、少しずつ村に馴染めなくなってもうて、わてはどうしてええかわからなくなって……」

「そうでしたか。人間の命は短いものですからね」


 ずっと相槌を打ちながら親身に話を聞く仙晶法師。


「あるときから、悪さをして気を引こうとするようになるネン。そうすると、もっと嫌われ恐れられてしまうようになんネン。でも、やっぱり、どうすればいいかわからないから、どんどんエスカレートして……」

「なるほど。辛かったですね」

「本当は、仲良くしたかっただけやネン……」

「その気持ちをそのまま伝えて、事情を私たちがしっかり説明すれば、きっと理解してくださいますよ」


 仙晶法師がそう言うと、八歳の男の子・郭順が明るい声で、


「そうだよ! ぼく、鯰髯王の気持ちを知ったら、怖くなくなったよ! 友だちになろうよ!」

「友だちに、なってくれるネンか?」

「うん! もちろん!」

「ありがとう、ありがとうやネン! わーん」


 わーん、わーん、と鯰髯王は大声で泣いた。

 リラはその様子を見て、考えてしまう。


 ――なんだか、妖怪と人間のことって、本当はシンプルなのに、命の長さとか見た目とか違うことがいろいろあるからこそ、一通りにはいかないのかもしれないわね。鯰髯王さんはこうしてみると、まだ子供みたいなんだもの。


 本来的に感情量の大きいキミヨシは感情移入してしまって、いっしょになって泣いていた。

 それも涙をこらえるようにして泣いており、


「よかっただなもね」


 と声をかけている。


「よし。問題も説明次第であっさり解決すると思われるし、村に戻るとするか」

「そうですね。戻りましょう」


 トオルと仙晶法師がそう言うと、豚白白が鼻をひくひくさせた。


「だっちゃ?」

「どうしました?」

「リラちゃんには匂わないだっちゃ?」

「はい。特には」

「水の匂いがするんだっちゃ。それも、なんだか激しい流れの……」


 豚白白とリラが話しているのを横で聞いて、キミヨシはピンときた。


「まずい! 水が流れてきてるんだなも! ここは村から見て、川の上流! 数日前にこの辺りで降った雨が、流れて来始めただなもよ。早めに村に戻って堤防の様子を見たほうがいいだなも。村の堤防はかなり古かっただなも」

「キミヨシ、おまえよくそんなトコまで見てたな」

「たまたま目に入って、覚えていただなも」


 前々からトオルはキミヨシの記憶力と、不思議なポイントを見覚えている直感力のようなものの鋭さを知っている。だが、今は素直に感心している場合ではなかった。


「とにかく、村に戻って確認しよう」

「あぁ……、わてが地震を共振させて強くしたせいで、地盤が緩んだかもしれないってことやネンな」

「後悔してる場合か! 急ぐぞ」


 トオルに檄を飛ばされ、一同は村の堤防へ向かった。

 堤防へ行く道の途中、キミヨシは髪の毛を一本引き抜く。


「《太陽ノ子》。これで我が『子』に、上流まで偵察してきてもらうだなも!」


 髪の毛がキミヨシの姿に変化する。分身体をつくる魔法で、この分身体は独自の意思を持ったもう一人のキミヨシにして、本体つまり『親』のキミヨシの命令には絶対服従。本体のキミヨシが『子』の頭に手をやれば、経験や記憶と共に吸収することもできる。


「やあやあやあ。上流まで偵察を頼むだなも。我が輩たちは堤防へ行ってるだなも」

「わかっただなも」


 さっそく『子』が偵察に向かった。

 一同が再び走り出し、堤防へたどり着くと、キミヨシの記憶通り堤防は老朽化していた。


「これは……」

「やっぱり、古くなってしまってますね」


 仙晶法師とリラは唖然とした。


「直さないと、村に水が流れてきちゃうだっちゃ!」

「だな。オレたちでできるだけやってやるしかなさそうだ。木を伐って新しい堤防をつくるぞ!」

「あいあいさー! うきゃきゃ、トオルは冷静で頼りになるだなも」

「笑ってる場合じゃねえ。キミヨシ、十本くらい髪の毛もらっていいか?」

「うげ! いやあ、うきゃきゃ、手厳しいことを言うだなもね」


 困ったように苦笑いするキミヨシにも、トオルは容赦なく言う。


「元の堤防を押さえて支え、時間を稼ぐ。水がこっちに流れてこないようにしてくれ。その間にみんなで新しい堤防をつくるんだ!」

「やっぱりそうなるだなもね。十本は痛いけど、やらなきゃだなも」


 意を決するキミヨシ。

 そこへ、鯰髯王が言った。


「わても、木を伐るのを手伝ったら、いっしょに支えればええネン! だから人数は少なくても大丈夫やネン!」

「頼もしいじゃねえか」


 ニヤリとするトオルに、鯰髯王も力強く口元に笑みをつくってみせる。


「いやいや、我が輩もやってやるだなも! 十本は『子』をつくるから、みんなで早くつくって村を守ろうだなも!」

「はい! わたくし、鉄板を描いて補強します」

「良い案だ、リラ。頼む」

「任せてください」


 リラもすぐに自分の役割を探して、仙晶法師も思いつく。


「では、私が魔法道具をつくりましょう。それを、リラさんがつくった鉄板を大きくするのに用いてください」

「そんなことができる魔法道具があるのですね」

「《我物与魔ギフト・スピリット》」


 手を合わせて祈ると、仙晶法師の手からは小槌が出た。


「《うちづち》です。私の友人が使う魔法からつくりました」


 晴和王国では見かけることのある小槌だった。


「これを『大きくなれ』と言って振れば、物が大きくなります。まずはその使い方だけ覚えておけばよろしい。小さな鉄板を作って小槌で大きくすれば、魔力の消費も少なく済みます。上手にお使いなさい」

「ありがとうございます」


 トオルは仙晶法師を振り返る。


「仙晶法師さん。念のため、村の人たちを安全な場所に避難させてください。オレたちが堤防をつくって水をせき止めるんで」

「わかりました。信じてますよ」


 トオルはうなずく。

 仙晶法師はリラに小槌を渡すと、村に走って行った。

 豚白白はオロオロしてトオルに聞いた。


「おいらも、村の人たちに危険を伝えに……」

「二人もいらねえ! 豚白白は堤防づくりを手伝ってくれ。力仕事だ、できるだろ?」

「だっちゃ!」

「やあやあやあ、それじゃあ頑張るだなもよー!」


 キミヨシのかけ声に、リラが「はい!」と答えて豚白白が「おーだっちゃ!」と手を挙げる。

 身体の大きな鯰髯王は木を伐るのもできたが、トオルも良業物の愛刀『りくごうはちまさ』を振って木を切り倒して、豚白白と鯰髯王で木材を組んだ。

 また、リラが《真実ノ絵リアルアーツ》で描いて実体化した鉄板で補強していく。その際、リラは仙晶法師から借り受けた小槌を「大きくなーれ」と振って大きくした。


「水が来ただなもー! もう数十秒と経たずに来るだなもよー!」


 偵察に行っていた『子』のキミヨシが駆けてきて、ひと目この状況を見てある程度のことを察した。


「我が輩はここで水をせき止めればいいだなもね!」

「頼むだなもよ!」


 十一人のキミヨシたちが古い木の堤防を支える。

 いよいよ、水が流れてきた。


「わあああ!」

「すごい勢いだなも!」

「気合を入れるだなもよ!」

「うりゃああああ!」


 キミヨシたちが『親』も『子』も力を合わせて支えるが、堤防は水の勢いが思っていたよりも強く、十一人でもかなり厳しい。


 ――長年に渡って鯰髯王が揺らしてきた地震のダメージが、相当蓄積していただなもね。でも、これくらいやってやらなきゃ蓮竺までなんて行けないだなも!


 大勢のキミヨシが苦しそうに支える。

 トオルが豚白白に指示を出した。


「豚白白、頼みがある」

「なんだっちゃ?」

「オレたちが新しく作った堤防で水を抑えたら、ここら一帯も川になる。だが、ここが川になっても川底は浅いんだ」

「うん、そうなるだっちゃ」

「川底が浅いってことは、たくさんの水をせき止められないことを意味する。だから、川底を深くしたい。水で地面をえぐって底を深くしてほしいんだ」

「わかっただっちゃ! 《魔力之泉ウォータータンク》! だああっちゃあああああああ!」


 豚白白はこのあと川になる地面に向かって水を噴射した。水圧によって地面をえぐり、川が通ったとき、川底を深くなるようにした。

 遠くから声が聞こえてきた。


「仙晶法師さんから事情は聞いた。手伝いにきたぞー」

「おれたちの村なんだ。旅の人たちだけに任せるなんておかしいもんな」


 チラとトオルが振り返り、


「ったく。仙晶法師さんにはみんなを避難させてもらうようお願いしたんだけどな。約束が違うじゃねえか」


 とつぶやいてフッと笑う。

 村人たちが近づいてきたとき、驚きの声が上がった。


「おい、あそこ! 鯰髯王がいる」

「逃げなきゃ」

「違う! 鯰髯王も、手伝ってくれてるっぽぞ」

「ほんとだ! あいつ、悪いやつじゃなかったのか?」

「わからねえ! でも、旅の人たちも鯰髯王もやってるのに、村に住んでるおれたちがやらないでどうする!」

「そうだ! やろうぜ!」


 仙晶法師はあとから戻ってきて、


「避難を促したつもりだったのですが、こんなにも、手伝ってくれる人たちがいるなんて思いませんでしたね」


 と言った。

 村人が鯰髯王に鉄板を渡す。


「手伝ってくれてありがとな」


 声をかけられ、鯰髯王は目を潤ませる。


「え、ええネン! ええネン!」

「おれたちも頑張るからよ!」

「みんなでやるのがええネン!」


 ある程度、木材も組み上がってきて、鉄板も張られていった。


「あとは釘打ちだ」


 トオルがそう言うと、鯰髯王は身体を反転させた。


「わて、細かい作業は向かないネン。だからキミヨシくんを助けるのがええネン!」


 キミヨシの元へと駆けていき、隣で古い堤防を支える。


「わてが今できる精一杯で、村を守るネン!」

「鯰髯王! 助かるだなも!」


 十一人のキミヨシと鯰髯王が堤防を支えて、水をせき止める。

 危うかったところで鯰髯王の手助けが入り、キミヨシは持ちこたえた。

 続いて、《魔力之泉ウォータータンク》で地面をえぐっていた豚白白も仕事を終えてやってくる。


「あとはトオルくんに任せただっちゃ!」

「やあやあやあ、豚白白くんもありがとうだなも。て、身体がしぼんでるだなもよ!」

「さっき水を噴射したんだっちゃ」

「なるほど! あ、うあ! 堤防に穴が空いただなも!」

「このくらいの水ならおいらが飲んでやるだっちゃ! さっそく水分補給するだっちゃあああああ!」


 豚白白が自分の顔ほどの穴の前に口を持っていき、大きく開いて水を飲み始めた。身体がちょっとずつ元の体型に戻って、そのあとはちょっとずつ膨らむように大きくなっていく。

 どれくらいそうしていたか、きっと思っていたよりずっと短い時間であったろう、キミヨシの背中にトオルの声が飛んできた。


「キミヨシ! 完成だ! もう大丈夫だ!」

「トオル! こっちも、ギリギリだっただなもよ」


 最後の力を振り絞るように踏ん張っていたため、トオルの合図に力が抜けて、キミヨシは倒れそうになった。


「あとは、わてがみんなの元へ連れて行くネン」

「おいらは泳ぐのは得意だっちゃ」


 豚白白は泳ぎ、鯰髯王が十一人のキミヨシを両の手に持って、新しい堤防のほうへと歩いていった。

 古い堤防が破壊され、水が流れ出す。

 だが、大きな鯰髯王は歩みこそゆっくりになるが、激流に流されることなく、新しい堤防まで辿り着いた。豚白白も川の流れに負けずになんとか泳ぎ切る。


「おかえりなさい! キミヨシさん! 豚白白さん!」


 リラの声にやっと正気を取り戻したキミヨシは、目を開けると急に元気に飛び降りた。


「ただいまだなも! みんな、よくやってくれただなも!」

「おまえもな、キミヨシ」

「おいらもただいまだっちゃ!」

「ああ」


 他の『子』たちも続々起き出して、たくさんのキミヨシたちと鯰髯王、トオルにリラ、豚白白に仙晶法師、そして村人たちみんなで喜びを分かち合った。

 新しい堤防は水をしっかりせき止める。

 村人たちは安心した顔で、鯰髯王を見上げた。


「今日はありがとう、鯰髯王」

「もしかしたら、今までおれたち、誤解してたかも」

「鯰髯王、かっこよかったぜ」


 温かい言葉を受け、鯰髯王はじわっと涙を浮かべた。


「わ、わて。今まで、村のみんなに、ひどいことしたから……」

「いいんだよ。鯰髯王はどうやって村のみんなと仲良くしたらいいかわからなかったんだもん! みんな、鯰髯王はね、本当はみんなと仲良くなりたかったんだって!」


 郭順がそう言って、仙晶法師が鯰髯王のこと村人たちに説明する。

 話を聞いた村人たちは、鯰髯王を村の仲間として受け入れることにした。


「それなら早く言えよな」

「だったら、いっしょに暮らそうぜ」

「高いところの木の実とか取ってくれると助かるわ」

「そうそう。この村ではみんなお互いに助け合ってる。鯰髯王も手伝ってくれたらうれしい」


 村人たちの申し出に、鯰髯王はブンブンと頭を縦に振った。


「やるネン! もちろんそうするのがええネン!」


 かくして、鯰髯王は村の人たちと何十年ぶりか、ひょっとすると百年以上ぶりに、暮らせることになった。

 年長の男性がキミヨシたちの前に現れ、一行に頭を下げた。


「わたしはこの村の長。村の人間を代表してお礼を言います。ありがとうございました」

「いいえ。我々は当然のことをしたまでです」


 仙晶法師は微笑みを返す。

 さらに、郭順の母親・思依が、仙晶法師一行にお礼を言った。


「なんとお礼をしたらいいかわかりません。おかげで我が子は助かりました。本当にありがとうございました」

「ありがとう!」


 明るい笑顔で郭順も一行に感謝を告げる。


「いいんだなもよ。我が輩たちこそ、泊めていただいてありがとうだなも」

「お世話になりました。鯰髯王さんと、これから仲良く暮らしていってくださいね」


 キミヨシとリラがそう言って、豚白白も手を振る。


「楽しいのが一番だっちゃ」

「郭順、いい大人になれよ」


 トオルはそれだけ郭順に言い、仙晶法師は慇懃に一礼した。


「一宿一飯のご恩は忘れません。ありがとうございました。みなさんも、共に生きる者への感謝を忘れずに」


 五人はこうして、村を出ていった。

 いつまでも手を振ってくれた郭順の姿も見えなくなると、キミヨシは前を向いてニッと笑った。


「今回はちょっといいことしただなもね」

「だな。大仕事だったが」

「はい。リラは少し楽しかったです」


 クールに見えてトオルも楽しんでいたのだと、リラにはわかった。


「おいら、お腹が減ってきただっちゃ」

「我慢なさい」


 豚白白は仙晶法師に諫められ、さみしげにぼやく。


「水ばっかりじゃ物足りないだっちゃ」

「次の村に着いたら美味しい物があるといいですね」


 リラが励ますと、豚白白は美味しい物を想像して笑顔になる。


「だっちゃ」

「あ、仙晶法師さん。こちらをお返しします」


 つくった鉄板を大きくするのに用いた魔法道具、《打出ノ小槌》であった。仙晶法師はそれを受け取って、


「リラさんの魔法とは相性のいい魔法道具です。また使うときがあるかもしれません。そのときにはまたお貸しいたします」

「おかげさまで助かりました。ありがとうございました」

「今度、また会うことがあれば、あの二人にもお礼を言いたいですね」

「あの二人って、だれなのです?」

「小槌の持ち主だった二人です。とても素敵な二人組なのですよ」

「まあ。リラもお会いしたいわ」

「この浮世は不思議なものです。類は友を呼ぶとも言いますが、共鳴するなにかがあれば、共振を起こし、それが出会いになる。ただ、いつ共振が起きるかはわからないのもまたおもしろいのですが……リラさんも、巡り会うときが来るといいですね」

「はい」


 仙晶法師は懐かしい二人をまぶたの裏に描く。


 ――まさか、私があの二人みたいに、だれか他人のためにこうやって動けるとは思いませんでした。アキさんとエミさんの行動力が、うらやましかった。私のしたいこと、徳を積むということ、それを自然にしている二人だったから。でも、今日の私は、それが少しできていた気がします。これも、キミヨシさん、トオルさん、豚白白さん、リラさんのおかげですね。この旅は、私を成長させてくれている。本当に、いい旅になりそうですよ。アキさん、エミさん。

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