38 『ストレイシープ』

 ヨセファは、本物のシスターだった。

 しかしそれと同時に、サヴェッリ・ファミリーの一員であるばかりか、幹部でもあるらしい。

 クコの直感は当たった。


「彼女を襲ったのもあなたですね?」

「襲ったとは失礼な。アタクシはシスターとして、彼女から懺悔の言葉を聞いて差し上げただけですヨ。懺悔をすれば救われるのですヨ。しかし、彼女の懺悔の中から気になったことがあって質問をしたのですが、彼女は質問に答えられなかったから、少しばかり詰問したというわけですヨ」

「懺悔……? 詰問……?」

「アタクシはシスター。迷い悩む子羊たちの懺悔を聞くことは、人を救う愛の手であり、シスターとしての大事な努め。しかも、その懺悔の中には様々な情報が含まれているのですヨ。これを、サヴェッリ・ファミリーのためにも役立てるのですヨ」


 シスター・ヨセファがどういった手口でサヴェッリ・ファミリーのための活動をしているのか。その一端はわかった。

 が。

 クコにはほかにもヨセファの役回りに気づくことがあった。


 ――今回のサヴェッリ・ファミリーの襲撃。そこに、宗教側との関連があると聞きました。つまり、彼女は宗教側との橋渡し役でもある。そう考えられるかもしれません。


 ヨセファがクコを眺め、


「もう聞きたいことはありませんか?」

「あなたたちが士衛組を狙う理由は、地動説の裁判を有利に進めるためですね?」

「正しいことを、正しいままに。そのために、神の教えを冒涜する野蛮な思想を持つ連中を排除する。それは有利に進めるといった卑しい考えとはまるで異なるものですヨ」


 サヴェッリ・ファミリーが抵抗勢力『ASTRAアストラ』を疎ましく思うのと違い、シスター・ヨセファははなから地動説を軽蔑している。サヴェッリ・ファミリーとしても宗教家としても、彼女とはまともな会話ができない。

 しかし、クコは言わずにはいられなかった。


「ヒナさんや浮橋教授が研究に研究を重ね、世間の冷たい風を受け、どれほど血の滲むような努力をして導き出したのか! その論理がどう正しいのか! あなたは考えたことがありますか?」

「歴史と事実と、あまつさえ神さえも冒涜する論理をひねり出そうとする異端者を、なぜ理解しようとするのでしょう?」

「あなたの宗教が信じる神を否定したいわけじゃありません! 正しい事象を知ることが、科学の発展のためには必要です! 科学の発展が人類を幸せにすると信じているからです! たとえ魔法がなくても、科学が暮らしやすさや様々な楽しさを生み出してくれるはずです!」


 ヨセファは首をひねった。


「なにも正しくありませんヨ? 科学は確かに生活に必要な部分もあるでしょうが、楽しみとは? 意味がわかりません。あなたはさっきからなにを言っているのでしょう? 世界を創りし神、世界を守りし神を冒涜する――そんな人間に、救われる価値はありません。あなたは迷える子羊ではないようです。あなたたちは、人間の姿をした怪物ですヨ。アタクシにとって、『ASTRAアストラ』もあとからやってきた侵略者として許せませんが、あなたたち士衛組は平和な世界のためにも野放しにはできません」

「わかりました」


 やっぱり完全に会話が成り立たないと、クコも理解した。

 だが、クコは堂々と宣言する。


「ヒナさんがもがいて、サツキ様が寝る間も惜しんで悩み抜いて、浮橋教授が人生を賭けた地動説! その論理と努力を邪魔するのであれば、わたしも黙っていられません!」


 たった一人でサヴェッリ・ファミリーの幹部を相手にできるかわからないが、クコは我慢できなかった。

 いざ、剣を抜こうとしたとき。


「よく言った! クコちゃん」


 空から声が降ってきた。

 クコとヨセファが見上げると、屋根の上から着物が舞い降りてきた。

 相手を判別すると、クコは目を丸くした。


「あなたは、鷹不二氏の……!」

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