144 『オートヒーリング』
仮に、《賢者ノ石》が埋め込まれたとして、その際に人体に働く効果をファウスティーノは知らない。
自分の身体を実験体として腕に埋め込んでみたこともあるが、なにも起こらなかった。
ファウスティーノの扱う《賢者ノ石》は《エリクサー》とも呼ばれる霊薬だから、怪我や病気がないと効果を発揮しないのかもしれない。
しかし、ただ人体の中に入れても意味のないものだとファウスティーノは理解していた。
それがメフィストフェレスによれば、別の意味を持たせた装置になるらしいのだ。
メフィストフェレスは妖しげな微笑で答えた。
「ああ。その通り。そうさ、
「目の中、か。なぜそのようなことをしたのだ?」
「城那皐くんにはあとでいろいろ話を聞かせてもらうことになるからね、先にお礼をしておいたというわけだね」
「お礼だと……? いったい彼は、どうなるのだ?」
真剣な目で尋ねるファウスティーノ。
これには、メフィストフェレスは声を立てて笑った。
「あははは。それが知りたくて、ボクは
「癒やし、続ける……?」
「血が足りなくなれば自動的に血を生成して補給し、切り傷ができれば驚異的なスピードで傷口を修復してゆき、骨が折れれば、元の形に戻ろうとする」
「そんなことが可能なのか」
医師として、ファウスティーノにできる処方ではない。こんなことが可能ならば、医者いらずだ。
「もちろん完璧ではないよ? しかし不可能ではない。ボクはキミと過ごすうちにキミの研究癖が移ってしまったみたいでね、《賢者ノ石》の活用をこうして考えていたのさ。そこに城那皐くんが現れた。だからボクの研究の結晶を与えることで、お礼をしておいたんだ」
「実験も兼ねているくせに」
「ファウスティーノにはそれもバレてしまうか。まあ当然だよね、これまでボク用の実験体などなかったわけだし、彼にどんな変化が起きるのかボクにも実際のところはわからない。ちゃんと治ってくれるといいけどねえ」
「おまえのせいで試合が公平になるかは微妙だが、おまえに気に入られて力を与えられた時点で、それも彼の力だと言えるのだ。構うまい」
「そうだよファウスティーノ。試合は常に公平だ。自動的に発動してゆく力だが、それを理解して利用するのもまた彼自身だからね。そしてそれをコントロール下に置いて自分の力とできるのか。それもまた彼自身によるのさ。さあ、頑張ってもらおうじゃないか。城那皐くん」
メフィストフェレスが楽しげに微笑する。
その頃、試合ではサツキの目に異変が起きていたところだった。
ルカがみんなに説明したのは、《賢者ノ石》が錬金術師の最終目標であり非金属を金に変えて不老不死を叶える代物だということだった。
錬金術師はまだ科学者と完全に切り分けられる存在でもないため、錬金術や《賢者ノ石》について知っている者も多少いる。
しかし、ルカが次いで言ったのは、闇医者・ファウスティーノは先祖から受け継いだ知識により独自の《賢者ノ石》を創り上げ、サツキの治療にはそれが使われたのだということだ。
「傷とかも治すその《賢者ノ石》が、サツキの瞳に埋め込まれた。すると、サツキは自分で自分の身体の治療ができるようになったってこと……でもないわよね?」
ヒナに聞かれ、ルカは曖昧に答える。
「おそらくは、違うわね。サツキはその事実を知らない。メフィストフェレスから目を離さなかった私でさえ知らなかったのだから、サツキも己の身体の変化に気づいたとして、その原因はわからないでしょうね。勝手に治癒されているのだと思うわ」
「おもしろいなあ、サツキ兄ちゃんは。あのメフィストフェレスにそんなことしてもらうなんて、よっぽど気に入られたんだぞ」
と、リディオが楽しそうに笑った。
ラファエルがあごに手をやり、
「サツキさんがあの悪魔・メフィストフェレスに気に入られたかはさておき。《賢者ノ石》は霊薬として名高い伝説の《エリクサー》でもある。もし霊薬的な働きで身体の自動回復が起こるとしたら、サツキさんはかなり優位に立った。積極的な攻めができるのだから」
「そうでしょうか。あれだけ痛そうに顔をしかめていましたし、痛みがなくなるわけではないのなら、どれほど積極的に攻められるかはわかりません」
クコがそう言うと、ラファエルもあっさりうなずいた。
「でしょうね。サツキさん自身が理解する工程も必要ですし、自己治癒に時間もかかります。オート回復機能があればどんな選手でも勝てるというほど、コロッセオは甘いものではありませんから」
「それと……」
ルカには、気になっていたことがある。
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