38 『浦浜エンドロール』

 宿に戻って、ヒナを除く士衛組メンバーはクコの部屋に集まった。

 サツキはみんなに相談した。


「今日、ルカと赤レンガ倉庫に行ったとき、れんどうけいさんというアルブレア王国騎士に会いました」

「クコ、知ってる?」


 ルカに聞かれ、クコはうなずいた。


「はい。連堂家は小さいながら土地を治める家です。その連堂家の三男がケイトさんです。三兄弟の中でも特に魔法の才に恵まれた『げんじゅつこう』。そう聞いています」

「ケイトさんは、俺たちに味方したいと申し出た」

「そうでしたか」


 自分がいない間にそんなことがあったのかとクコは冷静に聞いていた。


「俺は、ケイトさんの人柄を信用するほど知らないし、そんな時間もない。夜、どうするか決めてそれを伝えるために会う約束もしてあるからだ」

「はい」

「クコは、どうしたい?」


 まず、サツキは自分の希望を述べずに質問した。

 クコは即答する。


「わたしは、そう言っていただけたのであれば仲間になってほしいです。もちろん、みなさんの意見には従います」

「そうか。俺も同意見だ。先生」


 と、サツキは玄内に意見を求める。

 玄内は渋い声で言った。


「構わないぜ、おれとしては。仲間は一人でも多いほうがいい。敵側とも言えるアルブレア王国騎士だし、共に過ごす中で不審な点があればそのとき考えればいいさ」

「ありがとうございます。みんなはどうだろう」


 サツキがナズナとチナミとバンジョーとフウサイに聞くと、みんなも賛成だった。


「いいと……思い、ます」

「私も、サツキさんがいいと言うなら」

「オレも仲間は多いほうがいいぜ!」

「サツキ殿に従うのみでござる」


 うむ、とサツキはうなずき意見をまとめた。


「じゃあ、時間になったら俺はルカといっしょにケイトさんに会ってきます。みなさんはもう休んでいてください」


 みんなが部屋を出て行く。

 ルカはクコと同部屋だから残っている。サツキも最後の打ち合わせのために残っていた。


「サツキ様。魔力コントロールの修業は、サツキ様とルカさんがケイトさんとお会いしたあとでもよろしいですか?」

「うむ。構わないが」

「わたし、博士に手紙を書こうと思っていて」

「そうだったな」

「わたしは机に向かってますが、サツキ様は出かける時間までここにいて大丈夫ですからね」


 それからサツキはケイトに会う段取りの確認をルカとした。

 五分ほどだったが、サツキはクコの様子に気づく。


「寝てるな」


 近づいてみると、やはりクコは机に突っ伏して眠ってしまっていた。サツキは小さく微笑む。


「今日はアキさんとエミさんと遊園地や公園に行って遊んできたみたいだし、よっぽど楽しかったんだな。ぐっすりだ」

「羽を伸ばせたのならいいことね」


 と、ルカも微笑んだ。


「普段は頼りになるが、クコも今年で十四。まだ子供だもんな……」


 クコはお姉さんらしいところもあるが、


 ――自分より一つ年上なだけで、まだ遊びたい盛りだろうしな。


 と、サツキは自分の年齢を棚に上げてそんなことを思った。

 本当はクコ自身が修業のつもりで張り切っていたことなど、サツキもルカも知らないのである。

 サツキはクコの肩に薄い布団をかけてやる。


 ――でも、不思議だな。なんだか頑張ってきたような顔に見える。クコも精一杯生きてるんだ。俺も精一杯……!


 そして、時間になり、ルカが立ち上がった。


「時間よ」

「よし。行こう」


 サツキはルカと部屋を出て、ケイトとの約束の場所に向かった。




 待ち合わせた場所に、ケイトはいた。


「サツキさん。ルカさん」


『幻術の貴公子』連堂計人。

 昼間と変わらぬ余裕をたたえた佇まいである。

 このあと、サツキからケイトに説明した。

 自分たちは明日の九時出発の船でガンダス共和国へ行くこと。

 今九人の仲間がいること。

 明日出発分の船のチケットは、もうないこと。

 話を受けたケイトはこう提案した。


「みなさんの予定をずらしてもらうのも悪いので、ボクは別の船でガンダスまで行きます」


 船がゆくのは、ガンダス共和国。

せんきゃくばんらいこうわん』ラナージャ。

 ガンダス共和国がサツキのいた世界におけるインドに相当し、ラナージャはムンバイのあたりである。そこまで船でゆき、そのあとは馬車で『まぼろしきょう』神龍島を目指す。かかる日数は基本的には船の種類によらないので、明後日出発の船にケイトが乗れれば問題はない。


「おそらく、ボクの到着はみなさんから一日から二日遅れることになると思います。では、ラナージャで落ち合いましょう」


 ということになった。


「わかりました。ケイトさん、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくお願いします。サツキさん」


 ケイトはキザな仕草で一礼し、闇夜に消えるように去ってゆく。




 その頃、ミナトは道着姿で剣の素振りをしていた。

 素振りを止めて、汗を拭う。

 息をつく。

 月を見上げた。


「綺麗だなァ」


 手に握られた刀を見つめ、握りを固くした。


「フウサイさんの言っていたあの人……しろさつき。彼も同じ船だ。明日の九時、出発が楽しみだなァ」


 ミナトは、翌日からの船の旅に思いを馳せた。




 宿への帰り道、サツキは『くじらかん』の背中の灯台が発する光を見つめ、ぽつりとつぶやく。


「ミナト。そう……ミナトと言っていた。いったい、どんな人なんだろう」




 出航前夜、これから出会う二人の少年は、それぞれの思いを胸に明日の出発を待つ。

 噛み合った歯車が回り出すまで、あと一夜――。

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