28 『最後の咆吼』
クコ対リュウシー。
二人の戦いは佳境に入っていた。
この特殊なカバディによる勝負、相手にタッチしたら『アウト』を取れる。リュウシーはクコから『アウト』を三回取る必要があるが、クコは一度でもタッチできれば『スリーアウト』になるという条件。
有利なはずのこの条件で、クコは『
あとがなくなったクコは、起死回生にして一発逆転の攻防に挑む。
「カバディ、カバディ、カバディ……」
リュウシーは咆吼を始めた。
しかし、集中が深くなって、より猛獣そのものに近づいているためか、その声は口の中でしゃべるように小さい。
相手の集中力に、クコはひるまない。
――サツキ様だって、集中力ならリュウシーさん以上です。ミナトさんの速さは比にならないほどです。この状況、どちらがタッチされても『スリーアウト』。正真正銘、最後の攻防。絶対に、負けません!
秘策もある。
戦術も練った。
クコはやるべきことを自分の脳、そして身体へと刻み込むため、頭の中で繰り返す。
――よし。名づけて、『ダブルロック戦術』です。
考えた戦術へと引き込むために、相手を観察する。
即、リュウシーが飛びかかってきた。
――やっぱり速い!
横に走って壁に向かって飛び、左手をつけると、その左手を軸にして身体を宙に持ち上げた。
迫ってきたリュウシーは、壁をのぼる飛び方ではない。そのため壁を足場に二段飛びをしようと試みるが、高さが足りず失敗に終わって着地する。
クコは両手を壁につけて、足もつける。手と頭が下で、足のほうが上にある。
――まだ足にまで《バインドグリップ》を安定させるコントロールはありませんが、こうやって少しの時間なら耐えられますね。
壁に貼り付いたクコを見上げて、リュウシーは苦笑を漏らす。
――まさかこんなことができたなんてね。クコ王女の魔法は知られてなかったと思ったけど、これだったのか。
精神に関わる三つの魔法《ハートコネクション》がクコの本来的な魔法になる。
三つのうちのどれもがごく限られた人間しか知らない。当然、騎士の中で知る者もいなかった。
一方、クコは玄内にもらったこの《グリップ》という魔法については隠すつもりもない。
――今後、わたしはこの《グリップ》の魔法をベースに戦っていかなければなりません。使いこなすにはまだ修業が足りませんが、この勝負を制するだけの精度は充分あるはず……!
クコは手足を動かして横に動き、相手を観察しつつ壁を走った。
途中で壁に手をやり、壁からは落ちないようにする。
忍者独特の体術による壁走りと違い、クコのそれはフウサイやチナミよりもスピードも出ないしややぎこちない。
だが、リュウシーは「カバディ」と咆吼しながら壁をよじ登り追いかけてくる。
――きゃっ! 危ない、触られるところでした! こんな高さまで来られるんですね!
何度もアタックを仕掛けてくるリュウシーを、クコは壁を足場にかわし続ける。
――頭脳が本能に追いつかない。だったら、ギリギリまで本能を研ぎ澄ませるだけです!
無駄な思考がなくなると、クコの動きはいっそうよくなった。
――やるね、クコ王女。たぶんだけど、この瞬間にもその魔法を進化させてる。その魔法のパワーをアップさせてる。アタシの野性もアップしちゃうよ!
双方、動きの激しさは増す。
そうなると、クコの体力が先にすり減ってしまう。この魔法をコントロールし続ける力はまだないのである。
だが、リュウシーも「カバディ」と言い続けなければならず、息がもつ範囲にも限界がある。
そろそろ、両者決着の時だと考えていた。
クコは意を決する。
――ここで決めます!
飛び降りた。
当然、リュウシーはこの隙を見逃さない。
着地直後は最大の付け目になる。
「はあああっ!」
「カバディ!」
脊髄の反射によって、クコはリュウシーの手を自分の手で捕らえる。もう片方の手も捕らえた。
互いの両手の指を絡めるようにして、力比べの格好になる。
「カバディ、カバディ、カバディ……」
リュウシーは静かな咆吼を続けるが、口元には笑みが滲む。力比べで負けるつもりもない。
――猛獣たるアタシに力比べ? 何秒持つかな!?
力を込める。
が。
クコはその力で負けていない。
「やっと、この形に持ち込めた。この形は、もうチェックが入ったことを意味します」
「カバディ?」
「はい! 《スーパーグリップ》」
意味がわからず目を丸くしたリュウシーは、次いで自分の手がクコの手から離れないことにも気がついた。
――壁だけじゃなく、手と手もくっつくってこと?
かろうじてそれだけ気づいたときには、クコはすでに着手していた。決着の手を。
クコは自分の右手に、リュウシーの両手をくっつける。
「左右の手をこうしてくっつけたあと、両方の手をわたしの右手でロックします!」
リュウシーの両の手は、クコの右手から離れない。ただ触れているだけなのに、振りほどくことができない。どんなパワーも無意味だった。完全に、二つはロックされている。
最後に、クコは空いた左手でリュウシーの背中をタッチした。
これこそが、クコが練っていた『ダブルロック戦術』である。
背中に手を回し、そのまま優しく抱きしめるようにして、クコは笑顔で言った。
「お疲れ様でした。『スリーアウト』。わたしの勝ちです」
「うぅ! 負けた。アタシの負けだ……」
「ちゃんと、わたしのお話を聞いてくださってありがとうございました。アルブレア王国騎士を辞めていただくことは変わりませんが、あなたはもう自由です。もうアルブレア王国に振り回されなくても済みます」
クコがゆっくりとリュウシーから離れる。
「アタシは、クコ王女の野性と知性、本能と頭脳、どっちにも敗北したんだね。すごいよ、こんなの初めてだ。しかも、優しいんだね」
「わたしは、愛することで守れる強さを手にしたいって、そう思っているんです」
リュウシーは微笑みを浮かべて聞いた。
「他にはないの? アタシへ言うこと、命じること、聞くこと」
「……そうですね。では質問です。リュウシーさんはこれから、どうしたいと思っていますか?」
あんまり無垢な問いかけに、リュウシーは目をしばたたかせて、それから笑ってしまった。
「そっか。クコ王女はアルブレア王国を守りたいんだもんね。愛することで守りたいんだもんね。憎んだりしないね。で、アタシのことだけどさ。これからカバディを世界に広めて、自分も野性も磨きたいって思ってるよ。いや、今思いついたのかな。それが今のアタシがしたいこと」
「そうですか。バディにはなれませんが、別々の道を歩いていても、応援してますよ。わたしも頑張りますので、リュウシーさんも頑張ってください」
「ありがとう。アタシも応援してるよ。クコ王女のバディにも、応援してるって言っておいて」
「はい! サツキ様にも伝えておきます」
それっきり、リュウシーとはスポーツマン同士のように爽やかに別れた。
クコは道の端に置いておいた食器を手に、宿へと戻ってゆく。
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