14 『ナズナと弓』

 場所は戻り、メイルパルト王国。

せんとうみやこ』ファラナベル。

 宿の脇にある庭で、サツキとクコとナズナはリラの魔法を見せてもらった。

 空中に描いた絵を実体化する魔法で、絵が得意なリラらしい創造力にあふれたものだった。実体化した絵は実物と同じ効果を持ち、たとえば剣を描けば、ちゃんと切断能力を持つ武器となる。

 サツキはリラの魔法が持つ可能性を考えていた。

 クコとリラは姉妹ふたりで互いの魔法を試しており、ナズナはサツキを見上げて、遠慮がちに言った。


「あの……サツキさん」


 我に返ってナズナを見る。


「なにかね」

「魔法を、見て、ください。アドバイスが、欲しい……です」


 そのために呼ばれたのだ。サツキはうむとうなずいた。


「もちろんだ」

「失礼……します」


 ナズナはサツキの左手を握った。目的地も言わずに手を引く。

 新しい魔法を見せたいというナズナであったが、クコやリラがいる前だと話しにくいのか、それとも別の場所じゃないと見せられない魔法なのか。わからないが、サツキは黙って歩いた。

 少し歩いてたどり着いたのは、宿の裏手の林の前だった。

 ナズナは《しょうげんぶくろ》に手を入れた。この《召玄袋》は見た目以上にたくさんの物を収納できる巾着袋で、ナズナの地元のせいおうこくあまみやで作られている魔法道具である。この中から、アクセサリーを取り出した。左手の中指に指輪をはめて、左手の手首にはブレスレットをつける。それらは一体になっており、手の甲にはピンク色の宝石が光る。


「それは?」

「先生が、つくってくれました。魔法道具、《》です」


 そう言うと、ナズナは木に向かって左手の人差し指を向けた。親指も立っていて、指ピストルの形である。

 すると、宝石が光り、ブレスレットから羽が生えた。二枚の羽で、この羽は弓の形状をしている。


「《》……つまり、弓矢なのか」

「はい。前、なかよしだった、可愛がってた……ネコがいて……この宝石を、くれました」

「ふむ。そうだったのか」

「先生は、妖気が宿ってるって……でも、悪くない妖気だから、守る力が強い……とかで、守護してくれるみたいです。わたしの力を引き出す、ばいかい? になるって言ってました」

「媒介か。ゆかりの深いものは、そうした効果もあるんだな」

「たぶん、そうです」


 このピンク色の宝石は、王都で玄内の家を訪れ、仲間になってもらったとき、ナズナが玄内に見せたものだった。あれから玄内もいろいろと考え、この武器を作り上げたのだろう。

 ナズナは背中に右手をやり、空を飛ぶ魔法《てん使はね》の白い翼から、一枚の羽を取り出す。


「ぬいぐるみの羽みたいなものだと思ってたけど、細かい羽になっていたのか」

「い、いいえ。先生に、羽を、出せるように……してもらいました」

「なるほど」


 だからサツキが見ても細かい小さな羽の集まりには見えないのだ。魔法で羽を取り出せるだけで、ぬいぐるみのような材質であることに変わりはないらしい。

 ナズナは右手でつまんだ羽を、左手に当てる。

 瞬間、羽は矢に変化した。光る魔法の矢である。

 その矢をつまんだように右手で持っており、それを弓につがえる。


「前から、練習してて、やっと……矢に変化できるように、なりました」

「頑張ってたんだな」


 玄内の指導があったといえ、ナズナがそんな魔法の修業をしていたことなど、サツキはまるで知らなかった。

 ぎゅっと矢を引いて、ナズナは構える。


「葉っぱを……狙います」


 木から葉がこぼれ落ちるのを待つ。

 そして、落ちてゆく葉へ向けて、矢を放った。


「えいっ」

「おお」


 見事、矢は葉っぱを射抜いた。


「うまいものだ!」


 サツキも感心してしまう。

 しかし、ナズナは恥ずかしそうにしている。


「いいえ。奥の葉っぱを狙いました」

「ふむ」


 そんなときもある。腕組みしながら、サツキはうなずいた。


「ナズナ、何度かやってみてくれるか」

「は、はい」


 と、サツキの反応をうかがうように、ナズナは矢を放ってみた。そのあとは、矢はうまく当たらず、一度もかすらなかった。


 ――矢のスピードは悪くないが……。惜しい。あと少しなんだ。


 弓矢は、命中率が命だ。まず当てることが大事なのである。

 また、サツキには気になることがある。魔法でつくった矢であれば、特殊な効果を持たせているかもしれない。


「この矢に魔法的な効果はあるのか?」

「眠らせる矢……《うたた寝羽魔矢エンジェルウインク》を、放ちます」

「ふむ。いい効果だな。超音波の魔法で鼓膜を破ったり武器破壊をしたりするか、超音波の衝撃で一瞬の気絶をさせるのが、今までのナズナの攻撃手段だった。でも、これは戦闘の締めくくりにいい」

「はい。士衛組は、捕縛が基本だから……それがいいって……先生が」

「そうだな。ナズナ、フォームを直せばもっとよくなりそうだ。胸を張って、上体をしっかり起こすといい」

「こ、こうですか……?」


 姿勢をよくしようとナズナは頑張るけど、まだ惜しい。


「もうちょっと背筋を伸ばして」

「……?」


 ナズナは小動物のように首をかたむけて、サツキを見上げる。


「うむ。そんな感じでいいと思う。一口に弓と言っても、俺のいた世界の日本――こっちの晴和王国では、他国と違って弓が大きい。だからこそ、姿勢は大事だ。狙いをつけるには、弓を安定させないといけないからな。俺も詳しいわけじゃないから、的確な助言はできないが」


 微苦笑するサツキに、ナズナは恥ずかしそうにおずおずと言った。


「あ、あの……手取り、足取り、教えてほしい、です……」


 頬を紅潮させながら恥ずかしそうにサツキをちらっと見上げる。


「恥ずかしがることではない。最初はだれでもヘタなものだ。もちろん構わないぞ」


 恥ずかしがる理由はそこではないのだが、サツキは真剣だった。頑張る仲間に助けを求められたら、サツキももっと親身にならないわけにはいかなかった。ナズナに歩み寄り、背中側に回って、後ろから支えるようにナズナの手を取る。


「わゎ……」


 ちょっとびくっと肩を震わせ、声を漏らすナズナ。ぷるぷると揺れて、安定感がない。この構えではだめだ、とサツキは思う。


「あんまりこわばってもよくない。一旦、肩の力を抜こうか」


 サツキが一度離れようとすると、ナズナがふわっとサツキに身体を預けるようにして、かすかな体重をかけてきた。


「ま、まだ……途中です。やめないで……ください……」


 ――普段は自己表現や意思表示の少ないナズナが、これだけやる気になっている。これに応えないわけにはいかないな。


 大きくうなずき、サツキは言った。


「そうだな。中途半端はよくないか」

「が、がんばります……!」

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