47 『フルエナジー』

 サツキは、暗い通路を歩いて控え室に戻ってゆく。


「ふう。なんだか、気疲れのほうが大きいかも」

「ははは。サツキらしいや。ほら、これを食べなよ」


 通路の向こうから足音が聞こえていたことにも気づかなかったらしい。サツキはミナトがこちらに歩いて来ているのを見て、安心感を覚える。


「ミナト」

「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 出かける前に、バンジョーの作って持たせてくれた《りょく》である。ヨウカンになっている。それを受け取り、一口食べる。


「うむ。力が戻ってくる」

「さて。僕もいってくるよ」

「頑張れ。気をつけろよ」

「大丈夫さ」


 ひらりと手を振って、ミナトは歩いて行った。

 その後ろ姿を眺めて、サツキは苦笑した。


 ――あいつに心配はいらないな。


 観戦すべく、サツキは一階の観客席へと移動した。




 ミナトは至って平静だった。

 この暗い通路も不安を煽るようなものではなく、先にある光は希望のようなものでもない。


 ――できることなら、初戦からバトルマスターと戦いたいなァ。けれど、このマノーラには長期間は留まらない。五十勝する時間もない。楽しければいいか。


 通路が終わり、外に出る。

 歓声が聞こえてきた。


「ここからだと、お客さんがたくさんいるのがよくわかるや」


 ゆったりとした足取りで、ミナトは階段をのぼって舞台上にやってきた。

 相手の顔が見える。

 対戦相手の魔法戦士は、二十歳前の青年だった。

 好戦的な顔つきをしており、つぶらな瞳の上にある眉はピッと端が上がっている。すでに剣は抜かれており、「シュシュシュ!」と口で言ってビュンビュン振り回していた。


「よお、おれの対戦相手ってのはガキかよ。やったぜ」


 ステップを踏みながら挑発してきた。

 ミナトは笑いながら無視する。


「おれに怖れをなして、笑うしかできなくなったか? シュシュシュ!」


 対戦者同士での会話は繰り広げられないとみて、『司会者』クロノが紹介に入った。


「心地よい風が吹く円形闘技場コロッセオ。先程のサツキ選手に続いて、もう一人、新たな挑戦者が現れたぞ! その名は、いざなみなと選手! なんと、サツキ選手とミナト選手は友だち同士という話です! 年はサツキ選手と同じ十三歳、もしかしたらもしかするのか、ミナト選手の強さにも注目です!」


 新しい挑戦者を迎え入れようとしてくれていたサツキのときと異なり、ミナトのときは、サツキと友人で同い年ということで、期待が満ちている。


「対するは、現在六勝五敗の値江暢楚阿汁ネエノンソ・アージル選手! アージル選手は、現在十八歳。伸び盛りとはいえ、成績は伸び悩む日々ですが、これで負けると勝率がちょうど五割になってしまいます。あとがなくなる勝負所だぞー!」


 アージルは、自分よりも五歳も年下の少年とその腑抜けた顔を見て、すでに勝利を確信していた。


「聞いたかよ!」


 ぶっきらぼうに言われて、ミナトは困ったように微笑んだ。


「いやあ、聞くつもりはなかったんですが、大変なんですねえ」

「気遣ってほしいわけじゃねーよ! 聞いての通り、おれは伸び盛りで、ここが勝負所。負けられねえって話さ!」

「ああ、それも聞こえておりました」

「聞こえたかの確認がしたかったわけじゃねーってんだよ! とぼけた顔しやがって!」


 二人の会話を聞いて、クロノは煽るように、


「おーっと! 早くも双方、丁々発止のやり取りをしているぞー! 試合前から火花が散っています!」


 クロノの声に満足したのか、アージルは得意げに言った。


「おれは、最初こそよかったが、最近は調子を崩して強いやつらとのマッチングばかりになっちまって連戦連敗だった。だが、それも今日までだ! おまえみたいに弱そうなやつと戦えるなんてラッキーだぜ! 神様はおれに微笑んでいるのさ!」


 クロノは、ミナトがなにも言わないことを確認して、合図を出す。


「ミナト選手は黙って微笑みます! 勝負の結果は、剣と魔法が教えてくれるということでしょう! それではまいりましょう! レディ、ファイト!」


 アージルは剣を振り回す。


「シュシュシュ! どうよ、おれの剣捌きは!」

「見たこともない剣ですねえ」

「そりゃあそうさ! おれは我流、おれは地元じゃ負けたことがねえんだ!」


 叫ぶと、アージルはダッシュして斬りかかってきた。


「シュシュシュ! オラ! オラオラ! どうよ? おれの魔法は《全力青年エネルギッシュ・ワンデイ》! 人間ってのは、一日に使えるエネルギーを使い切らずにその日を終えるやつが多い! だが、おれは違う! その日に使えるエネルギーを自在に引き出せる! すべてを出し切って、今を生きるのさ!」


「すごい猛攻撃です、アージル選手! しかししかししかーし! ミナト選手はそれをすべて軽々といなしています! なんという華麗な剣捌きでしょうか!」


 クロノの実況を聞いて、アージルの表情が変わる。


「なんだと!? おれの剣をここまで受けきるだって!?」


 ミナトは笑顔もなくなり、ぽかんとした顔で剣を振っていた。


「あの。アージルさん」

「な、なんだ!」

「本気でやっていただきたいなァ。準備運動に付き合う場所じゃァありませんぜ。ここは舞台なんです」

「ふ、ふふ、ふざけてやがるっ! くおー!」

「まいったなあ。ふざけていましたか」

「うっせえ! うっせえ! うっせえってんだよ! 黙れ黙れ黙りやがれ! おれは一日のエネルギーすべてを使い、おまえを倒す! とわーっ! エーナジィィィー!」


 アージルが斬りかかってきて、ミナトはそれを一閃。

 カキンと金属音が鳴ると、アージルの剣が宙をくるくる舞って、地面に落っこちてしまった。

 ミナトは剣を構えて、


「さあ、そのすべての力を見せていただきましょ……あらら」


 剣を下ろした。

 クロノが高らかに宣言した。


「アージル選手、エネルギーを使い果たしてしまい、疲れて眠ってしまったぞー! あごを地面につけ、お尻を突き出して、気持ちよさそうに寝ているー! 戦闘不能になりましたので、ミナト選手の勝利でーす!」

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