幕間恩劇 『桜地蔵は鍛冶士に恩を返す』

 昔、創暦一五五五年のこと。

 今が創暦一五七二年だから、十七年ほど前であろうか。

 春も終わる頃に始まる、三十を過ぎた鍛冶士の話である。

 鍛冶士は、師匠に弟子入りしてからもう十年以上になり、師匠からもその腕を認められて、お国に帰って鍛冶士を続けることにしていた。


「じゃあ、御達者で」

「師匠も」


 ぺこりと師匠にお辞儀して、鍛冶士は長年お世話になった師匠の家を出て、王都を歩く。

 王都は、それはそれは賑やかなところだった。

 しかしそれもいい賑やかさとはやや違う。

 時は幕末。

 志士たちが暴れ、市民は肩身が狭い思いをしながらも、世界最大のこの都で暮らしていた。


「もう、十年以上もここにいたのか。いざ帰るとなると、寂しいものだ」


 鍛冶士はつぶやいた。


「この街では、友人もできた。あんなに気の合う人にはそうそう出会えるもんじゃない。彼ともお別れだが、悲しむこともあるまい。私の国にも遊びに来てくれると言ってくれたからな、あの『ばんのうてんさい』は」


 そのとき、鍛冶士の肩に、通りすがりの志士の肩がぶつかった。


「おっと、痛くはねえが、危ねえじゃん。気をつけるじゃん、お兄さん」


 志士は、腰の刀を触ってみせるが、斬る様子はない。気さくに笑いかけ、歩いて行った。まだ二十歳を過ぎたばかりの年頃で、目の下にはくまがあり、ドレッドヘアが特徴的だった。


「この『ねむれる』、これから目を覚まして大いに暴れてやろうじゃん。ここ王都でな」


 楽しそうに独り言を残していった志士の背中から視線を外し、鍛冶士は息をついた。


「いよいよ幕末の動乱は激しくなり、やがて数年もせず終わるんだろうか。私のような志士でも武士でもない者は、お国に帰るのが正解かもしれない。刀はどこでも打てるのだから」


 これから鍛冶士が帰る生まれ故郷は、『ひかりみやこしょうくに

 村は『さいてのむら』、星降ほしふりむらといった。

 列車を使うため、駅への道をゆく。

 駅前で、とある男性を発見する。

 彼はおうまわりぐみの組長であり、『おうばんにん』と称される人だった。

 この組織は志士たちの暴動を治めるために、若い青年たちを集めて作られたのだが、組長も若い。ちょうど三十歳くらいであろうか。おおうつひろといって、頭にねじりハチマキをした粋な青年である。

 ヒロキとは、『万能の天才』を通じて顔見知りでもあったので、王都を離れる最後に挨拶した。


「やあ、ヒロキさん」

「どうも。ソウゴさん」


 鍛冶士の名前は、ソウゴといった。

 姓名はよしとみそう

 ソウゴはにこりと笑った。


「いつもお勤めご苦労様です」

「いいや。なんてことはありません。そういえば、今日でしたな。お国に帰られるのは」

「ええ。まあ」

「寂しくなりますなあ」

「また遊びにきますよ。しかしヒロキさんのところは娘さんが生まれたばかりですし、幕末の騒がしさもある。私が遊びに来ても相手をしてもらえないかな」

「あっはっは。待っておりますよ。王都の治安はわしら見廻組に任せて、またいつでも来てください」

「はい」


 最後に友人のひとりとしゃべり、ソウゴは列車に乗った。




 ソウゴは久しぶりに故郷に帰ってきた。

 これまでも盆と正月には帰っていたし、今は春の終わりだから、前に来たのは半年近く前か。

 村までの道をせっせと歩く。

 途中、坂道で大きな石が転がっているのを見つける。伸びた草に隠れていて、道の邪魔にはなっていない


「ちょうどいい。少しばかり休もうか」


 道の脇にあったその石に腰掛けようとしたとき、石に顔があるのを見つけた。


「おや。顔か?」


 手ぬぐいを取り出し、石についた泥を拭ってやる。

 すると、なんともまあ可愛らしい顔をしたお地蔵さまが姿を現した。


「お地蔵さまだったのか。これは危ないことをした」


 周囲を見回して、ソウゴはまたお地蔵さまに顔を向ける。


「いつからここにいたんだろう。地元だと言うのに、初めて見るな。倒れてしまって、泥だらけになって、可哀想に」


 あんまり哀れに思えて、ソウゴはお地蔵さまの周りの草を自分が打った刀で刈り取り、お地蔵さまを立て直してやった。もう一度手ぬぐいで綺麗にして、懐から竹の皮に包んだおむすびを取り出しお供えした。


「私の家はそう遠くないし、また来るよ」

 それから十五分も歩き、ソウゴは家に帰り着いた。




 翌日から、ソウゴは刀を打ち始めた。

 カンカントントン、一生懸命に刀を作ってゆく。

 数日がすると、その音を聞きつけ、村のおじいさんがやってきた。


「鍛冶士になると王都に行って、十数年ぶりに戻って早々、熱心なものじゃな」

「ツネノリさん。こんにちは」


 このツネノリというおじいさんは、本名をおきがわつねのりといって、星降ノ村では鍛冶士をしている。

 鍛冶士といっても、村人の農具を作る専門だった。


「おお、よく打てておる」

「ありがとうございます!」

「あのソウゴが立派になったもんじゃ」

「いいえ。まだまだです」

「時にソウゴな、わしはもう年じゃ」

「そんな。まだお若いじゃないですか」


 口ではそう言うが、それは気持ちの話であり、ツネノリの年齢は七十二、健康で見た目も若々しいとはいえ、ソウゴがよく知っていた頃より随分とお年を召された。


「身体がついていかないことも多いでな」

「それは。ご無理はなさらないように」

「そこでじゃ。この村ではわしが村人たちのすきくわかまを打っておる。それをソウゴに継いで欲しいんじゃ」

「私がですか。私なんて刀しか打ったことがありませんよ」

「わしが教えるから大丈夫じゃ。うちの娘はやりたくないと言ってやろうとしなかった。強いるつもりもなかった。もう嫁いで行ってしもうたしな。じゃが、このままではこの村で農具を作る者がいなくなる」


 ソウゴは考えた。

 考えたのは、どうすればよいかじゃなく、自分でも務まるだろうかという気持ちのほうであった。

 考えた末、ソウゴはうなずいた。


「わかりました。私も村のみんなのお役に立ちたいですから」

「そうか。継いでくれるか。有難いのう。本当に、ありがとうな」


 刀と農具はまるっきり違うものだが、ツネノリから学び始めると、みるみる上達していった。

 村の子供が見に来て、差し入れをくれることもあった。


「ソウゴしゃん。これ食べてよ」

「アタシとアキでにぎったおむすびだよ」

「ぜったいおいしいよ」

「元気がもりもりだよ」


 近所に住むアキとエミという少年少女は、年はまだ四つかそこら。明るくて妖精のようにそこら中を駆け回り、元気を振りまくような子だった。そして、とても心優しい子だった。


「ありがとう」

「うん。ツネノリしゃんも食べてよ」

「ツネノリしゃんも、ずっと元気でいてね」

「わしにもくれるのか。ありがとうな」


 えへへ、とうれしそうに照れるアキとエミ。

 ソウゴはおむすびを食べて、ふっと思い出した。


「あのお地蔵さま、どうしてるだろう。もう三週間くらいになるかな」

「お地蔵しゃま?」

「どんなお地蔵しゃま?」


 アキとエミに話をせがまれるようなかっこうで、ソウゴはこっちに戻ってきたときに見かけたお地蔵さまの話を聞かせてやった。


「へー」

「お地蔵しゃま、よかったね」

「ソウゴしゃん、お地蔵しゃまをたすけてかっこいい」

「うん。かっこいい」

「ねえ、エミ。見にいこう」

「そうだね、アキ」


 うなずき合うと、アキとエミはぴゅーっと家を飛び出して、お地蔵さまに会いに行ってしまった。

 一時間もすると戻ってきて、報告してくれた。


「いたよ。ふいてきた」

「どろだらけだったもん」

「おむすびもおいてきたんだ」

「かわいいお地蔵しゃま、ちゃんと食べてくれるといいね」


 そんな話を聞いて、ソウゴも「また私も会いに行こうか」と思った。

 ソウゴがまたお地蔵さまを訪れると、すっかり綺麗になっていた。アキとエミがよくしてやったのだろう。おむすびを置いて家に戻り、ツネノリの元で修業をする。

 ツネノリは魔法を使う。


「わしの魔法はな、《ふい調ちょう》。火吹き竹を使って、火を調節することができるものじゃ。これで丈夫な農具を作ってやっていたんじゃ」


 火の大きさや強さ、温度なども自由自在。

 火吹き竹は普通のものだからソウゴが使わせてもらってもうまくいかず、


「私には使えないです」

「そりゃあそうじゃ。魔法道具ではないからな」

「ずっと使っている愛用の火吹き棒でやります」

「それがいい。わしの魔法みたいなもんがなくても、ソウゴならもう大丈夫じゃ」

「はい」


 毎日毎日、ソウゴは頑張って農具を打った。

 そんなある日、ツネノリの容態が悪くなってきた。

 自ら身体の限界を知っていたのであろう、それゆえにソウゴにあとを継いで欲しいと託したのかもしれない。

 まもなく、数ヶ月としてツネノリは帰らぬ人となってしまった。

 村人もソウゴも、アキとエミも悲しんだ。

 しかし、農具を作る役目はもうソウゴに移っていた。

 修業用に作っていた農具はそれほど丈夫ではなく、これを渡した村人たちはしばらく使い込んで、壊れると新しい物を頼んだ。


「ソウゴさん、新しい鍬を頼むよ」

「はい。じゃあこれから作ります」

「悪いね、刀を打ってるとこをさ」

「いいんですよ。打ち始めたばかりですから」

「でも、変わった刀だね。それ」


 横にある刀を指して、村人は言った。


「これは逆刃刀です」

「逆刃? 逆側が斬れるんか?」

「ええ。名前も決めてます。『げんげつ』。今日はこれから木炭を作るので、鍬は明日から取りかかりますね」

「おう。頼むね」


 翌朝からは、木炭も作りながら鍬を打ち始めた。

 途中までできてきたとき、ソウゴはこの出来にもうなずいた。


「うん。ここからしっかり強くしてやらないとな」


 作っていた木炭で、火を起こす。

 それで打っていると、バキンと鍬の先が折れてしまった。


「ありゃ」


 ここまでせっかくいい調子だったのに、どうもうまくいかない。


「よかったと思ったんだけど、なにがいけないんだろう……」


 ソウゴは、自分の魔法《し》によって、一つ前の行動を取り消した。

 たちまち、鍬が折れる前の状態に戻る。


「一旦、これでよし。でも考えないといけないぞ」


 パチパチと燃える火を見て、手を近づけてみる。


「そうか。火か。火が弱いんだ」


 火吹き棒で火を調整しようとするが、あまり変わらない。木炭の量を増やすが、それもダメ。

 アキとエミもやって来ていっしょに考えてくれるが、この二人にわかるはずもなかった。


「ソウゴしゃんの《取り消し》、いいなあ。ボクもやりたいよ」

「これは魔法だからね」


 優しく笑いかけると、エミはポンと手を打った。


「そっか! じゃあ、時間でやればいいよ。アキは時間の魔法やるもん」

「それだ! そうしよう」


 納得してやる気満々になっている二人を見て、ソウゴは笑った。


「時間を戻すなんて、とんでもなくすごいことだ。簡単じゃないだろうけど、頑張ってね」

「うん!」


 キラキラした瞳でうなずくアキの頭を、ソウゴは撫でてやる。時間に干渉する魔法など、それだけで普通じゃない。しかもさらに自然の摂理に逆行する技をするなど、できるとも思えなかった。


「れんしゅうするー!」

「いってくるー!」


 二人はぴゅーっと家を飛び出していった。


「はい、いってらっしゃい。ふふ。頑張り屋で偉いなあ。アキくんがやろうとしていることに比べたら、私の抱える課題は自然法則になんら反することないものだ。考えれば答えは出るはず……」


 ソウゴは腕を組んだ。

 考えた。

 しばらく考え続けた。


「困った。やっぱり、火が弱いってことは、木炭が悪いのかもしれない」


 そこに、昨日の村人がやってきた。


「どうだい? ソウゴさん」

「それが、木炭が悪いみたいで。もう少し待ってくれますか」

「待つのはいいが、木炭だってツネノリさんが使ってたものと同じだろう?」

「ツネノリさんは《ふい調ちょう》の魔法で火を調整できたんです。でも、そのやり方は私にはできないので……」

「なるほどなあ。じゃあ、いろんな木材を使ってみるといいよ」

「そうします」


 この日から、ソウゴは近くの森を回って、木炭によい木を探し求めた。

 しかし、何日経ってもいい木は見つからない。

 樫の木はいいはずだが、特によいとされるウバメガシは近くにないし、松やナラなんかもかんばしくなかった。

 その間にも新しい農具が欲しい村人は二人、三人と増えた。

 たまりかねて、村人の一人が言った。


「ソウゴさん。新しい鎌、できるだけ早く頼むよ。道具がないと仕事にならなくてさ。おれにできることがあったら言ってくれ。手伝うから」

「ありがとうございます。でも、ちょうどいい木を見つけるのは難しくて」

「このあたりの森にはなかったんだろう? うーん、難しいなあ」


 村人がとぼとぼ帰っていき、ソウゴはまた森に入って歩き回った。

 その帰り道、久しぶりにお地蔵さまの前を通りかかる。

 ちょうど、アキとエミがおむすびをあげているところだった。


「あ。ソウゴしゃん」

「ソウゴしゃんも会いにきたの?」

「うん。たまたまね。どれ、私も一つ」


 自分が食べるために残しておいたおむすびを一つ供えた。

 エミは《うちづち》をお地蔵さまに振る。


「いいことあるといいね、お地蔵しゃま」

「きっといいことあるからね」


 アキもしゃべりかけて、エミはソウゴにも小槌を振った。


「ソウゴしゃんにもいいことあるよ」

「楽しみだね」


 にこっとアキも笑って、ソウゴは二人といっしょに村に帰った。エミはいつもお地蔵さまに小槌を振っているらしい。しかし、エミのそれは魔法ではあるがまだ未完成の代物で、いいことがあることのほかは効果もよくわからないし引き起こす幸運の波もまちまちであった。




 その日の晩。

 ソウゴが鎌を打っていると、家の外でドサッと音がする。

 なにか重たい物を置いたような音だった。

 家の入口の前だろう。

 物音が気になって、ソウゴはドアを開けた。

 すると、小さな男の子が立っていた。にこにこと可愛い顔をしてソウゴを見つめる。どこかで見たような気もするが、こんな知り合いは記憶にない。年は五歳くらいか、アキとエミと変わらない年頃に見える。


 ――だれだろう。


 男の子の足元には、木の枝が何本も置いてあった。


「木の枝……?」


 このあたりでは見かけたこともない知らない男の子が、木の枝をくれたようなのである。

 思わずかがんで、木の枝を見て、


「これを、私に? キミは……」


 そう言ってソウゴが顔を上げると、不思議なことに男の子はいなくなっていた。


「どこに行ったんだろう……」


 なんとも奇妙だと思いながら、木の枝を返す相手もいないし、ソウゴは庭の物置にでも置いておくことにした。

 この日から、同じことが次の晩もその次の晩も続いた。

 五日もすると、木の枝もだいぶ溜まってきていた。

 その晩、男の子はまた木の枝をドサッと置いた。

 物音にソウゴが外に顔を出すと、男の子はにこにこと笑顔でソウゴを見つめる。

 また背中を向けて闇夜に消えてゆくのかと思っていると、男の子は初めて口をきいた。


「これはね、かいじゅざくらの枝だよ」

「世界樹桜?」

「世界樹と同じ、桜の花を咲かせる不思議な木だよ」

「じゃあ、世界樹ノ森にある木か」


 世界樹ノ森は桜の森といわれるが、普通の桜とは違う。だから人々はそれを世界樹桜呼ぶようになった。世界樹桜は背の高い木で、世界樹もこの木と同じ遺伝子を持つと言われている。


「うん、そうだよ。ウバメガシより強い火を作れるから、これを木炭に使うといいよ」

「ありがたいけど、どうしてこんな親切をしてくれるんだい?」

「オラ、お兄さんがずっと頑張ってたのを見てたから」


 無垢な声でおっとりと答える男の子。

 だが、どこから見ていたのであろうか。ソウゴは不思議だった。


「それにしても、世界樹ノ森の木を斬るのも申し訳ないしなあ」

「拾うだけなら大丈夫だよ」

「そうか。じゃあ、そうさせてもらおうか」


 うん、と男の子はうなずいた。

 急に、ソウゴは男の子の顔に検討がついた。


 ――もしかして、お地蔵さま?


 まさか、道の脇に倒れていたお地蔵さまではないだろうか。顔がよく似ている。最初に覚えた違和感はこれだったのだ。

 ソウゴは慌てて言った。


「ちょっと待ってて。おむすびをあげよう。今、持ってくるからね」


 自分の夜食用にとっておいたおむすびを急いで持ってくる。

 しかし、そこに男の子の姿はもうなかった。

 翌日、あのお地蔵さまの元へ行くと、そこにはすでにアキとエミが来ていた。

 アキとエミは手ぬぐいでお地蔵さまを拭いてやっていた。


「おはよう。アキくん、エミちゃん」

「おはよう。ソウゴしゃん」

「おはよう。今ね、アキとお地蔵しゃまをふいてたの」


 泥を拭っていたらしい。


「最近、お地蔵しゃまってばいつも足をよごしてるからさ」

「どこか行ってたのかな」


 せっせと二人が拭く横で、ソウゴは考えた。


 ――やっぱり、あの男の子はお地蔵さまそっくりだ。お地蔵さまは、私のために木の枝を集めていたから、足元が汚れてしまっていたんだな。


 この世界には魔法がある。

 しかし、それ以上に不思議なことだってたくさんある。


 ――それに。アキくんとエミちゃんがお地蔵さまを綺麗にしてくれていたから、そのお礼に村の人たちを助けてくれたのかもしれない。二人への恩返しだったんだろう。


 ソウゴはそう思った。

 楽しそうにお地蔵さまのお世話をしているアキとエミに、ソウゴはお礼を言った。


「ありがとう。アキくん、エミちゃん」


 二人は聞いていなかったのか、ピカピカになったお地蔵さまをうれしそうに優しく撫でていた。




 ソウゴはアキとエミと共に村に戻って、さっそく世界樹桜で木炭を作り、三日後にはそれを使って火を起こすと……。

 なんと、強い火が出てきて、鍬も鎌もよく打てる。

 頼まれていた農具は瞬く間にできあがった。


「ありがとう! ソウゴさん、すごいね!」

「使ってみたけど、これはかなりいいよ」

「これからはソウゴさんがいるから安心だ」


 村人たちも農具の出来には大変満足していた。

 ソウゴは木炭が必要になるとそのたび世界樹ノ森まで行くのだが、不思議と森の中で迷うことなく、世界樹桜の枝をたくさん拾って帰ることができた。

 その後、この話を聞いた村人たちは、例のお地蔵さまを桜地蔵と呼んだ。

 そして、ソウゴは作りかけていた刀を、再び打ち出した。

 何度も《取り消し》の魔法を使いながら、丁寧に丁寧に打ってゆく。

 アキとエミはよく応援に来てくれた。

 二人の応援を力に変え、この刀には特に時間をかけて、ソウゴは一新入魂と打ち続けた。

 ついに刀が完成を間近にしたとき、桜地蔵にも報告した。


「やっとできあがりそうです。本当にありがとう」


 最後の仕上げには、友人の『万能の天才』が手伝ってくれて、ようやく完成した。

 友人はすぐにまた王都へ行ってしまったが、完成したこの刀は褒めてくれた。

 手伝ってくれたお礼に渡した『弦月』も、いつか託していいと思えるやつがいたら託すと言っていたが、それはいつになることやら。

 また、この完成した刀をソウゴが託す相手にはいつ出会えることやら。


「そうだ。名前をまだ決めていなかった」


 しかし、ソウゴは迷わなかった。


「これを完成させてくれたのは、あのお地蔵さまだ。桜地蔵さまが持って来てくれた世界樹桜のおかげで打てた。普通の樫でもダメだったが、世界樹桜がこの刀を作った。だから、桜を名前に入れたい。あとは、あの『万能の天才』の名も入れておこうか」


 入れたい字を詰め合わせた結果、できた名前が……。


「決めた。桜丸だ。この刀は、『さくらまるかめよし』にしよう」


 さて、この刀がその後どうなったのか。

 実は長年売れず、見つけてもらえず、ソウゴの店にあったのだが、今の創暦一五七二年の春になって、ようやくもらい手を見つけた。

 この頃には、桜丸を打ったことでソウゴも鍛冶士に満足してしまい、刀剣の店を出すのみとなっていたが、不思議な縁は刀を外の世界へ連れ出して、旅を始めたばかり。

 のちに最上大業物十二振りに加わる三振りの一つで、最上大業物はその数十五振りになるのだが、桜地蔵さえ、それを知っているかどうか。

 ちなみに、今でもソウゴは村の者が農具を直して欲しいとか新調したいと言えば、「いい鎌が打てますように」と桜地蔵にお参りしてから気の向くままにカンカントントン、丈夫な鋤、鍬、鎌を打つということであった。

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