22 『想像以上にできるかもしれねえな、サツキ』

 会議を終えると、フウジンと妻フウミは持ち場に向かった。屋敷に残るのはこの二人。会議をしている間に、フウカは先に戦場へ向かっていた。

 そして。

 サツキたち士衛組一行は、フウアンに先導されて廊下を進む。


「玄関はこっちじゃねえぞ?」


 バンジョーがつぶやくと、フウアンが答えるより先に忍者の姿が見えた。

かべうらさんしゃかりさわふうりゅうだった。

 家の廊下の突き当たりで、フウリュウが印を結ぶ。


「《ぬけあなじゅつ》。ここから外へ」

「ありがとうございます。フウリュウさん。みなさん、こちらへ」


 最初にフウアンが外に出て、そのあと一同もフウリュウの作った抜穴から外へ出た。


「正面玄関からだと、複数の忍者が狙っていましたので、フウリュウさんに通り道を作っていただきました。しかし、ここからは正面突破です。サツキさん、あとはお願いします」

「はい」


 白刃をふるってサツキは先頭を駆けた。隣には『よう』フウアンがいる。

 後続は、ルカとクコ、チナミ、ナズナ、バンジョーという順の縦隊である。玄内はバンジョーの背中に貼り付くように浮いている。


「先生、走ってないじゃないっすか!」


 振り向いたバンジョーが驚く。玄内は後ろを向いた状態で、腕組みしたまま言った。


「まあな。《風よけスリップストリーム》って魔法だ。スリップストリームの要領で空気抵抗を減らすんだ。前にいる人や物を風よけとして利用すれば、自分は歩いたり走ったりせず、ぴったりくっついて移動できる。本来のスリップストリームとの違いは、ゆっくり動いても高速で動いても移動できるって点だな。距離としては一メートル以内に入ればいい」

「なんかわかんねえけど、後ろは頼みます」

「ああ」


 答えながら、銃弾を二発放った。これにより、縦隊の背後から襲おうとしていた忍者二人が倒れる。


 ――後ろに玄内先生がいれば安心だな。


 元来、忍びの戦い方は闇に紛れるものである。いつどこから攻撃が来るかもわからない。それを承知で隠れることなく進軍する。

 サツキには、狙いがあった。


 ――とびがくれあけがらす……どちらの忍びも、敵の面前に無防備で躍り出ることを好まないであろう。だからこそ、俺たちの行動は、敵の意表を衝く。


 こちらにはくノ一『よう』フウアンもついている。そのため、この一隊がどちらの側の隊なのかが一目瞭然となろう。


 ――敵が俺たちに気を取られたら、鳶隠の忍者たちがその隙を衝いて攻撃できる。これがとびがくれさとの追い風になるはずだ。


 ほかの者はそんなこと考えもしていなかったが、サツキの予想は、ぴたりと的中した。

 敵からの攻撃が飛んできても、防げる程度の数であった。理由は先述の通りであり、サツキたちへの攻撃を仕掛けようものなら、ほかの忍びの者に攻撃されてしまうのである。何人かがそれで隙を衝かれてやられたのが視界に入り、サツキは計算の成功をみた。

 この状況に気づいていたのは、玄内とルカだけである。


 ――想像以上にできるかもしれねえな、サツキ。


 ニヤリと玄内が口の端を上げた。後ろ向きに移動していても、玄内にはすべて見えている。

 ルカはサツキのすぐ後ろにいるから、その采配の効果がよくわかる。


 ――サツキが軍才をふるってくれるなら、戦場での私はひたすらサツキの意図を読むだけ。平時のサポートのほうが知恵を必要とするくらいだわ。


 この進軍だけで、ルカは今後の自分の役割を知った。余計な策謀を巡らせるより、頭脳としてサツキの血となり肉となるように溶け合うことに専心した。献身といえる。ルカはサツキに対してだけはどこまでも献身的になれた。

 こののち、サツキの知恵袋になる二人がこのルカと玄内だが、玄内は一線を引いているから、見守る立場を取る。この戦闘時の玄内は、あわよくばサツキたちを大きく育てたいと思っていた。

 忍者がわっと現れる。

 その顔もカラスの仮面で覆われている。


「はあぁ!」


 刹那のことだが、忍者の姿が見えるや、サツキはためらいなく斬った。クコは攻撃にやや遅れるところがあるが、実際、先頭のサツキが討ったあとを駆けるだけでよい。問題はない。忍びの者が二人いるときはサツキとルカが討つ。

 玄内は内心、喜んだ。


 ――現れた敵を斬るのにも躊躇がねえ。姿で敵か味方かを瞬時に見分けるや、容赦なく斬り捨てる。サツキのやつ、普段はおとなしいが、見た目に似合わずとんだバラガキだな。


 まっすぐ駆けること数分、いよいよ戦の渦中に飛び込んだ。もっとも入り乱れた場所である。ここでは皆、白刃の乱闘を繰り広げていた。


「ここから敵が増えます」


 サツキが声をかける。


「おっしゃあ! やってやるぜ! うおおおお!」


 真っ先に叫んだのはバンジョーだった。忍びの者たちも姿を見せ、入り乱れるように戦っている。

 その声に反応してか、バンジョーに手裏剣が飛んできた。


「うおぉっとっと!」


 前につんのめりながらギリギリでかわしたバンジョーだが、すぐに別の方角からも手裏剣が飛んでくる。


「うげ」


 バンジョーは足を滑らせるようにドスッと尻もちをつき、手裏剣は金色の髪をかすった。


「ふいー。危なかったぜぃ」


 一行は足を止める。

 キン、と高い音が鳴ってバンジョーは振り返った。


「玄内先生!」

「ああ、おまえを狙ってるな。だから撃ち落とした」

「ありがとうございます!」

「おう。だったら……」

「でも、なんでなんすかね?」


 本気で疑問に思い不安そうにするバンジョーに、玄内はつまらない質問をされたとでもいうように息をつく。


 ――まだわかってねえのか。


 玄内は額を押さえる。


「そりゃあ、おまえの提灯に誘われたからだろ」


 ここまでバンジョーは、提灯を持って道を照らすように進んできた。

 だが、その提灯には問題があった。


「城下町で作ったやつなんすよ? じゅうけになるって聞いたからわざわざこの《はなちょうちん》持って来たんす!」

「忍者には効果ねえ。忍者は狐でも狸でも魔獣でもないからな。それより、狙われるのはおまえが余計なこと書くからだぜ」

「お?」


 改めてバンジョーが自分の提灯を確認する。

 そこには、

『カモン』

『いらっしゃい』

 と並列で書かれていた。

 もう一つ手に持っていた提灯には、『大歓迎』とまで書かれている。


「そこまで書かれちゃあ、挑発されたと思うだろうな」


 呆れたように言いつつ、玄内は手裏剣をマスケット銃で撃ち落とした。バンジョーに刺さる十センチ手前である。


「やっ、やっべぇ!」


 顔を青くしながらいそいそとバンジョーは提灯を畳んだ。すぐに畳んで収納できるのが提灯のいいところだった。


「戦闘終了まで、そいつはおれが預かっておく」

「お願いします!」


 バンジョーが卒業証書を受け取るような姿勢で頭を下げ玄内に差し出し、玄内が預かって甲羅にしまう。


「行きますよ」


 サツキが声をかけ、バンジョーのために足を止めていた一行はまた走り出す。

 提灯をしまってもなおバンジョーは狙われた。

 が。

 その一帯において、バンジョーのような力自慢は強い。直接攻撃に出てきた忍びを、


「オラァ!」


 バンジョーは思い切り殴る。

 殴られた者は吹っ飛んで数人を巻き添えに倒れた。

 遠距離の攻撃は玄内がカバーしているから安心感すらある。サツキは狙われやすくなったバンジョーを気にせず走る。


「みなさん。今こそ大胆に、細心の注意を払って」


 クコが注意を促し、白兵戦は静かに熱気を高めていった。

 敵も味方も、忍びの者たちがばたばたと倒れる。

 壁走りに水走り、土の中から槍でつく、ロープを伝ってのぼるなど、サツキたちではどう相手にしていいかという忍びの者がわんさかいる。

 しかし、相手にすべきは目の前に現れる者だけでよい。

 その中で、クコは不思議な物を見た。


「独楽……?」


 闇の中に浮かぶように、独楽が空中を走っているのである。

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