幕間後談 『どんなネタがあったのじゃ』

 これは王都のとある物語の後談であり、とある忍者を巡る物語の幕間の話でもある。そして、次の物語の前振りでもある。

 場所は、武賀むがくに

ほほみのさいしょうたかとうは、国主であり双子の兄でもある『どう使つかい』たかおうに、王都での会談について報告していた。

 部屋には二人だけ。

 オウシが薄く微笑む。


「うまく行ったみたいじゃな」

「そうだね」

「詳しく聞こうではないか」

「わかった。でも、兄者は話を聞きたいというより、自分がしゃべりたいように見える」

「わしも昨日は出ていたからな。その話じゃ。まあ、大したことではないがな」

「そうか。じゃあ、今回はおれからしゃべらせてほしい」


 二人が話しているところへ、『てんしんらんまんひいさまとみさとうめがやってくる。

 襖越しに声が聞こえる。


「で、あるか。言いたいか」


 ウメノは小首をかしげてつぶやいた。


「いいタイ……?」


 それから襖越しに声をかける。


「ウメノです。入りますね」

「どうぞ」


 部屋からトウリの声が答えて、ウメノは襖を開けた。


「なんのお話ですか?」

「なに。ちょっとした報告じゃ」

「会談にはうってつけのいい店も見つけたんだ。ね? 姫」


 トウリの言葉に、ウメノは笑顔で答える。


「今回の王都ははじめて行くお店ばかりでした」

「で、あるか」

「はい」


 うなずき、ウメノはノートを取り出した。


「絵でも描くのかい?」

「リラさまが起きたら見てもらいます。リラさまみたいに絵が上手になりたいですから」

「すっかり憧れてるね」


 と、トウリは微笑む。

 ウメノは絵を描き始めた。


「トウリ、それでどうだったんじゃ?」

「そうだね」

「いずれわしも行くかもしれんからな。ささいなことでも構わん、どんなネタがあったのじゃ」


 オウシに促され、トウリはしゃべり出す。


「まず、店構えがいい。風流に洒落てるっていうのかな」

「どうイカすのじゃ」

「提灯の光に釣られてね。行燈もキラキラしてた」

「光り物じゃあるまいし」


 ふふ、とトウリはおかしそうに笑う。


「あとは、品ぞろえもよかった」

「品ぞろえは大事じゃ」

「味もいい」

「なるほど」

「一軍艦のみんなも連れていきたいと思ったよ。熱燗も美味しかった」

「酒もあるなら、コジロウあたりが喜びそうだな」

「だろうね」

「まあ、一軍艦の中だと、ゴスケがとろそうだからああした場所には不向きじゃな」

「ゴスケくんは交渉事より戦闘員だからね」

「で、雰囲気はどうじゃ?」

「よかった。かがりどうろうが風情あって、縁側の先に見えるんだ」


 急にウメノが顔を上げて、


「わさびのよさが姫にもわかりましたよ!」


 トウリはくすりと笑う。オウシも笑いながら、


「それを言うならわびさびじゃ。わかっとらんじゃないか」


 とつっこむが、ウメノは首をかしげている。


「さはいえトウリよ、気を抜いて、言いなりにならなかったろうな?」

「機転やひらめきなどなくても、予定していた内容で交渉できたからね。勝つお膳立ては姫がしてくれたよ」

「《ねんどあそび》は便利じゃからな」


 ウメノの魔法、《ねんど遊び》では、顔など肉体を変形させることができる。それをしてやることを条件に、交渉を有利に運べる。


「加齢には抗えないけど、これなら自然に綺麗になれると喜んでくれた」

「そうだろう。容姿に関心の薄いわしでも、あると便利と思うほどじゃ」

「奥方は、整え直した顔を鏡で見ると、着物は赤がいいと言って翌日の買い物も楽しみにしてたよ」

「呉服屋だとあそこがいいな」

「うん。『こいみさ』。でも、『こいさき』って間違えてたのは訂正しづらかった」

「りゃりゃ。さもありなん。で、肝心の値段はいくらじゃった?」

「それが、向こうで払わせて欲しいと言って」

「それで払ってもらったのか」

「奥方が王都にいたことがあるから顔が利くそうで、つい」

「まあ、それならばそれは相手の顔を立てることにもなろうか」

「羽振りがいい人でもあってね」

「で、あるか。気に入られたと見える。トウリは宰相ゆえ、今後もトウリらしさを持った真心でよい付き合いをしてもらわねばならん」

「心得てるよ。将棋が好きな人でもあるから、今度いっしょに、あの『名人』かわともひろさんに指南してもらうことにもなったんだ。おれは将棋なんてルールしか知らないけど」

「いいと思うぞ。それから、余計なことは言わなかったろうな?」

「大丈夫。黄崎ノ国との交渉については伏せてある」

「よし」


 ここで、オウシとトウリの会話が止まった。

 話半分以下で聞いていたウメノは、ほとんど意識はお絵かきに集中していたものの、頭の中にはあの日の晩の店の光景が浮かんでいた。


「トウリさま。姫はまた行きたいです」

「あれ? 姫は気に入ってたかな?」


 不思議がるトウリに、ウメノは描いていた絵をバッと見せて大きくうなずいた。


「はい! タイ、イカ、アジ、軍艦、うに、サケ、トロ、ガリ、エンガワ、わさび、いなり、ヒラメ、かつお、カレイ、イワシ、赤貝、イサキ、イクラ、タコ、ブリ、しょうゆ、タマゴ、エビ、イワナ。そんなにネタの話をされると、なんだかお腹が減ってきてしまいました。また行きましょうね、トウリさま!」


 お寿司を食べるトウリとウメノとアキとエミの絵だった。

 オウシとトウリは声をそろえてまったく同じタイミングで小首をかしげる。


「「なぜ、寿司……?」」




 王都で行われたそうくにとの会談は、次なる会談への布石になる。

 トウリに代わり、次の黄崎ノ国との交渉はオウシが担うのだが、その時はもう間近に迫っていた。

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