幕間紀行 『ファントムケイブシティー(19)』

 えいぐみの司令隊と各隊の隊長たちによる作戦会議が終わり。

 少し短めの睡眠をとって。

 朝の四時。

 みんなが起き出し、準備を整えて、一行は町長の家を出発した。


「ちょっとまって! ぼくもつれて行って」


 家を出てすぐ、ジッロがドアから飛び出してきた。

 まだ七歳のジッロには危険だし、サツキは連れて行くつもりはなかった。

 しかし、サツキが断るより先に、ミナトがうなずいた。


「そうだよね。ジッロくんも来たいよね」

「おい、ミナト。危険だ」

「でもさ、ジッロくんはどうしてもご両親とお兄さんを助けたいって思ってるんだ。じっとなんてしてられないよ」


 昨晩、ミナトはずっとジッロの相手をしてやっていた。そのとき、いろいろとジッロの話を聞いたのだろう。

 サツキは少し迷ったが、司令隊のクコとルカ、そして玄内を見て、


「大丈夫でしょうか」

「わたしたちでお守りします」

「ええ。なにかあれば、私とクコがかばうから大丈夫よ」


 とクコとルカが答える。


「まあ、おれもいる。おまえは戦いに集中していい」

「わかりました。お願いします」


 サツキが小さく礼をして、ミナトがにこりとジッロに呼びかけた。


「よかったね。おいで。いっしょに行こう」

「うん!」


 ジッロがミナトの脇まで駆け寄ってきて、士衛組とジッロは大洞窟へと向かうのだった。




 大洞窟の入口にやってくると、サツキは士衛組のみんなを振り返った。


「ここがその入口です」

「はい」


 クコが返事をして、チナミが巻物を口にくわえてくノ一の衣装に変身する。

 そして、玄内が前に進み出た。


「よし。さっそく結界を解除するぜ。それによって、九尾にも異変が知られる。あとは九尾の元まで進むだけだ」


 玄内が洞窟の入口で、空中になにかを描くように手を動かし、それから一つ柏手を叩いた。

 すると、サツキの緋色の目にだけ映っていた白い膜のようなベールが消えていくのがわかった。


「ありがとうございます。解除できましたね」

「だが、すぐに結界を張り直すかもしれねえ。それを防ぐための防御結界を展開しておく」


 この防御結界の頑丈さなどは玄内にしかわからない。しかし、それを不安に思う者はいなかった。

 一つ気にかかることがあるとすれば、これを保持するために玄内がほかのことに手が回らないかもしれないことだろうか。


「では、行きましょう」


 サツキが声をかけ、一行は洞窟に入って行った。

 先頭をサツキとクコが歩き、その半歩後ろでルカが地図を見ている。そのあと、ミナトとジッロ、参番隊、弐番隊と続き、玄内が最後尾にいる。

 洞窟内は、話に聞いていた通り大きかった。よくこれほどの穴を掘ったと思うほど天井も高いし横幅も広い。

 うっすらと明かりもあるから、仲間が近くにいることもわかる。


 ――この調子ならすぐにみんなの目も慣れそうだ。


 魔法、《緋色ノ魔眼》を持つサツキには視野を保つことも可能だが、ほかのみんなは明るさがなければ周囲を視認できない。ヒナは聴覚で、ナズナは超音波で周囲を把握できるだろうし、玄内もなにかの魔法で視界がなくても大丈夫かもしれないが、これくらいの薄暗さならみんなもなんとかなるだろう。

 足元は割と整備されている。壁も綺麗に掘られている。しかし、天井に人間と変わらない大きさのコウモリがぶら下がっているのは不気味だった。

 少し進めば洞窟を掘っている人たちがまばらに見え始めた。だが、士衛組の侵入をとがめる者はいない。怪しむ視線は向けられるが、みんな自分の仕事に専念している。

 しばらく進むと、広くなった場所に出た。

 ルカが地図に目を落とす。


「地図によれば、そろそろ九尾のいる場所ね」

「向こうも結界を破られ、俺たちの侵入には気づいているはずだ。あとは、近づいたら迎えてくれるだろう」

「そうですね」


 サツキとクコが警戒しながら先頭を歩いて、ようやく洞窟内に入った初めてのリアクションがあった。

 相手は、九尾である。


「ようこそ」


 声が降ってくる場所はよくわからない。直接頭の中に声が届いているような感さえある。おそらく、この妖怪の魔法によるものだろう。

 サツキが足を止め、士衛組もその場に留まった。


「かなり強力な結界のはずだが、それを破ってここまでやってくるとは、ただ者じゃないようだ。貴様ら、この町の人間ではないな?」


 疑問を向けられ、サツキはやっと口を開いた。


「我々は士衛組。御用を改めに参りました」

「町の人たちを解放してください!」


 クコが訴え、ジッロも叫んだ。


「お母さんとお兄ちゃんを返して! お父さんもさらったんでしょ?」

「話し合いで済むなら僕の出番もないが、やるってんなら、武力による鎮圧になりますぜ」


 ミナトが刀に手を置く。

 すると、奥の暗がりに、ぼうっと姿が浮かんだ。

 人間のような大きさ。二メートルはあるだろうか。二足歩行で、九つに分かれた尻尾を持っている。

 細い目が妖しく輝き、九尾は言った。


「ワタシの瞳が見えるか」

「幻術、か。それは通用しない」


 サツキが切り捨てるように言うと、九尾の細い瞳は閉じられた。


「その緋色に光る瞳、厄介な使い手のようだ。ワタシの《け》を無効化するとはな。戦いは避けられないか。しかし、我が計画の邪魔はさせない。ワタシは人間どもを従え、地下に闇の住人たちが暮らす常闇の国を創るのだ」


 九尾は一歩、二歩と進み出て、はっきりと姿を現した。腕を広げて、九つの尻尾を揺らめかせる。


「ワタシはきゆうこうりゅう。さあ。来るがよい、人間。ワタシの計画の歯車にしてやろう」

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