21 『欺-擬-戯 ~ Fake Beauty ~』

 六月九日。

 リラはキミヨシとトオル、仙晶せんしょうほう豚白白とんぱいぱいの四人と旅をしていた。

 場所は、びゃっさん

 岩肌が多い山である。

 五人は山の中腹で休憩中だった。


 ――新しい季節の色になってきた。夏もそこまで来てるのね。


 最近は随分と温かくなってきた。少しの標高くらいなら気温も気にならないくらいである。緑色の草木の香りを吸い込み、リラはひと息ついた。

 豚白白がぼんやりとつぶやく。


「それにしてもキミヨシくん、どこ行ってるだっちゃ?」

「そうですね。いつも輪の中心にいるキミヨシさんがいないと、少し静かになってしまいますね」


 リラもそう言うと、トオルが軽い調子で返す。


「ただの散歩だ。気にすることはない。あいつは、時々ああなのさ」


 そのキミヨシは今、近くを散歩していた。

 特に当てもなくふらふら歩く。

 足を止め、眺めのよい崖に出て、岩肌に背中を預けた。


「いい景色だなもね」


 美術的な感性なんかないと自分でもわかっている。だが、こうした景色をたまに見るのも好きだった。


 ――やれやれ。我が輩もおかしなもの。一人で生きられるほど強くもないくせに、独りになるのも好きなのはどうしてだなもかな。みんなといる時間も好きだなもが。


 常にみんなのことをよく見て、場を明るくしようと気を利かせる割に、その場からふらりといなくなってしまいたくなるときがある。それは、冷静なもう一人の自分がいるからだろうか。


 ――まあ、我が輩のことはともかく……。妖怪との戦いも増えそうだし、もうちょっとみんなも戦えるようになったほうがいいだなもね。特に、リラちゃんはもっと自分を守れる武器か魔法道具があったほうがいい。そうすれば我が輩以上にトオルが思い切り戦えるだなも……。


 そう考えて、またふらりと何事もなかった顔で『たいよう』はみんなの輪の中に戻ってゆく。




 五人でまた歩き出してしばらく。

 カサッと物音が立ち、豚白白とリラがびくっと横を見る。しかし、ただの野ウサギだった。

 豚白白がぼやいた。


「妖怪に狙われるのは仕方ないけど、おいらはもっと平和な旅がしたいだっちゃ」


 れいりんという半妖の少年と遭遇して以来、すでに何人かの妖怪と戦っている。首羅王しゅらおうの手下の妖怪が襲ってくるのである。

 これはいいアシストだと思ったキミヨシが、豚白白のお腹を撫で回しながら陽気にしゃべりかける。


「やあやあやあ、妖怪いっぱいもおもしろいものだなもよ。だが言われてみれば大変な旅には違いない。豚白白くんの鋭い指摘にあるように、我が輩たちが戦うにはもう少し戦力が……」

「え、おいらはそんなこと……」

「常に旅の中にあり、妖怪は次から次へと出てくる。そうなると悠長に鍛錬する時間もないだなもよ。手っ取り早く強くならなくちゃいけないのに、時間は有限、世知辛いものだなもね。豚白白くんの気持ちもわかるだなも。我が輩も魔法をもらうだとか使い方次第で強くなるような道具でもあれば……」

「え、おいら別に強くは……」


 キミヨシは豚白白のお腹から手を離さず、仙晶法師に言った。


「仙晶さま、我が輩も豚白白くんもなにかこれという妙案が思い浮かばないだなも。我が師匠さまよ、妙案はありませんか」


 仙晶法師はため息をつく。


「はあ。あなたはただ魔法道具が欲しいだけでしょう」

「なんと! 魔法道具というとっておきの手があっただなもか! これはしたり、我が輩とんと失念していただなも。トオルとリラちゃんには魔法道具をあげたが、豚白白くんにはあげてなかっただなもね。どうだなもか? 豚白白くんにも一つ」

「ならば自分にも、とおっしゃるつもりでしょう。まあ、構いません。私のせいで妖怪と戦うことになりましたし、妖怪はまた襲ってくるでしょう。次に活躍した者に差し上げます」

「やったーだなも!」

「おいらもいいんだっちゃ?」


 キミヨシと豚白白が手を取り合って喜んでいる。

 トオルは呆れたようにつぶやく。


「あると確かに便利だし、今後強敵が来たら仙晶法師さんを守りやすくもなる。けど、もらってばっかってのもなあ」

「いいではありませんか。わたくしは共に戦う力がありません。だから、もし魔法道具のおかげで戦えるというのなら、ぜひいただきたいわ」


 慎み深い性格のリラがそう言うので、トオルもそうかと思い直す。


「まあ、そうかもな」

「妖怪はどこだなもかねー」


 元気溌剌と周囲を見回しながら歩くキミヨシだが、急に、豚白白が足を止めた。豚白白の背中にぼよんとぶつかって、キミヨシが跳ね返されて尻もちをつく。


「どうしただなもか。痛いだなもよ。むむ?」


 キミヨシが顔を上げると、豚白白は走り出していた。

 豚白白が向かっている先には、美女がいた。

 重たい身体をものともせずに快走し、美女の前で急ブレーキする。息を切らすことさえなく表情までキリッとしたものになって声をかけた。


「こんなところで奇遇ですね。ボクは豚白白と申します。あなたのような可憐な花が、この白虎山のような荒れ地に咲いていたなんて。ああ、失礼。つい思ったことがそのまま言葉に。乙女が一人で岩山にいるのは危険です。ボクが里まで送りましょう」

「まあ。お優しいのですね。わたしはすいこつといいます。では、お願いしてもよろしいですか?」

「ええ、もちろん。比水骨さん、なんてかぐわしいお名前だろうか」


 声色だけでなく口調までがらりと変わった豚白白に、リラとトオルと仙晶法師は唖然としており、キミヨシは「うきゃきゃ」とお腹を押さえて転げ回り豚白白を指差し大笑いしていた。

 比水骨は、異様なほどに真っ白い肌に純白の衣装、薄い水色も差し色としてあるが、総じて可憐な白い花のような美女であった。ただ、目つきは鋭くつり目がち。年は十八くらいだろうか。袖から手を出していなかった比水骨が、そっと手を出すと、小箱が握られていた。


「お礼に、こちらをどうぞ」


 小箱を受け取り、懐にしまいながらも、


「そんな。ボクは見返りが欲しかったわけじゃありませんよ。もしお礼がしたいというなら、お話をしたいな。ボクは、キミのことが知りたい」

「うふふ。おかしな人。構いませんよ。わたし、こんなに楽しいのは初めて」

「ははっ。ボクもですよ。あなたとしゃべっていると……いててて!」


 豚白白の耳が、キミヨシによって引っ張られる。


「痛いだっちゃぁ」

「やあやあやあ、豚白白くん。精が出るだなもね。しかし豚白白くんは妻がいる身ではなかったかな。この美女は我が輩に譲って欲しいだなも」

「つ、妻はいるけど、おいら……」


 比水骨は二人の会話がおかしいのかうっすらと笑っているが、キミヨシはにっこりと彼女に微笑む。


「ということだなも。我が輩、たまに誤解されるだなもよ。女好きで困ったものだとオウシ様というお方に言われたこともあるが……」


 言葉を切り、キミヨシは比水骨へと手を伸ばし、彼女の喉をぎゅっと握った。


「いくら美女でも妖怪には興味もないだなも。しかも美女ならだれでもいいわけでもない。我が輩にはこだわりもあるだなもよ。それはズバリ、スモモ様という心に決めた世界でたった一人の運命の相手だなも」

「ぐぁっ」


 もがく比水骨。

 キミヨシは内心、「なるほどやはり」と思った。

 トオルと仙晶法師は冷静だったが、リラは驚き口を押さえている。豚白白はキミヨシを止めようとした。


「やめるだっちゃ! 死んじゃうだっちゃ」

「あらら。さっきの我が輩の話、聞いてなかっただなもか?」

「なんのことだっちゃ! いいから離すだっちゃ!」

「いくらでも話してやるだなも! この女は……て、なにするだなもか」


 豚白白に力尽くで引き離され、自由になった比水骨はよろめく足取りで逃げてゆく。


「こら待つだなもー! 伸びろ《にょぼう》ー!」


 キミヨシが追いかけようと《如意棒》を伸ばすと、比水骨は避ける際に足を滑らせ、岩山から転げるように落ちていってしまった。


「アイヤー!」

「ふう。これでよしだなも」

「わーん! なにするだっちゃ! 仙晶法師さま、キミヨシくんが人を殺しただっちゃ!」


 仙晶法師に泣きつく豚白白。

 キミヨシはケロリとした顔でやってきて、豚白白の懐から、さっき比水骨にもらった小箱を取り出す。それを開けた。


「ほれ」

「うわあわわ! 毒蛙だっちゃ!」


 小箱には、カエルが入っていた。しかも毒を持った斑模様のカエルである。カエルは豚白白に飛びかかる。豚白白が避けると、カエルはそのままどこかへ行ってしまった。


「さあさ、仙晶さま。我が輩、さっそく活躍しましただなも。豚白白くんの演技も実に見事で、我が輩たち二人にはなにか褒美の魔法道具をいただけるとか。謹んでお受けしますだなも」

「え、おいら演技じゃ……」


 仙晶法師はじっとキミヨシを見て、視線を外す。


「あの妖怪、まだ生きていますね。おふだが見えませんでしたか?」

「うきゃきゃ、仙晶さまはさすがに目がいい。お人好しなばかりでないだなも。その通り、『半冷凍』の文字が。肌に触れてみたがやはり冷たい。魔法とみていい。やつはきっとまたやってくるだなも。しかし我が輩にはお札の意味がわからないだなも。それを返り討ちにするためにもなにか……」

「魔法道具は、その妖怪を倒したあとにしましょう」

「……しょうがないだなもね。豚白白くん、やるだなもよ」

「おいら、妖怪でもあんな可憐な……」

「まだ言うだなもか」

「だってっ」


 キミヨシと豚白白が言い合いをして、仙晶法師に「おやめなさい」と叱られ、五人はまた歩き出した。

 少し歩くと、今度は老婆がぼんやりと立っていた。


「あのおばあさんは、比水骨さんの母親かもしれないだっちゃ」

「どういうことですか?」


 リラが聞くと、豚白白は自らの考えを述べる。


「実は比水骨さんはやっぱり妖怪じゃなくて乙女で、母親が心配してやってきたんだっちゃ」

「まさか……」


 と、リラがつぶやくや、豚白白は走り出した。


「おばあさーん、もしかして、比水骨さんのお母さんだっちゃ?」

「ええ。その通りですが」


 答える老婆に、キミヨシは《如意棒》で突きかかった。


「伸びろー! 《如意棒》ォー!」

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