74 『ジェラートテイスティング』

 当然ながら、チナミの体温上昇の理由はサツキの推理とは違っていた。チナミ本人は「抱っこしてください」と言っておきながら、いざしてもらったはいいが恥ずかしくて仕方ないのである。


「チナミはさっき言ってた四つの味でいいのか?」

「は、はい」

「俺はどの味にしようか。迷う」


 すると、店員のお兄さんがにこやかに言った。


「味見もできますよ」

「じゃあ、お願いします」

「私も」


 味見と聞いて、チナミは恥ずかしさも忘れてジェラートの屋台に顔を向ける。甘い物が大好きなチナミには、味見できるならしない手はない。

 せっかくだから、サツキとチナミは味見をさせてもらうことにした。


「わかりました。気になるフレーバーを言ってくれたら、スプーンですくいますんで」

「ありがとうございます」

「えっと、これとこれ、いいですか」


 チナミが指差すと、お兄さんは快くスプーンにすくってくれた。


「はい。どうぞ」


 サツキとチナミが「ありがとうございます」と食べるのを見て、お兄さんはニッと笑う。


「気が済むまで味見してっていいですからね。サツキさんとチナミさんに粗相があったら、団長に怒られちゃいますんで」

「え?」

「私たちのこと、知ってるんですか」


 驚くサツキとチナミだが、すぐにサツキは気づいた。


「団長ってことは、『ASTRAアストラ』の方ですか」

「ええ。ここだけの話ですがね」


 と、お兄さんはウインクした。


「もちろん、お代は結構ですよ。サツキさんにチナミさんからはいただけませんからね」

「いいんですか?」


 チナミが尋ねると、お兄さんはまた笑った。


「いいに決まってるじゃないですか。ここだけの話、たまに団長とルーチェさんや、レオーネさんとロメオさんがいらっしゃるんですが、いつも多めにお代をくれるんですよ。ラファエルくんとリディオくんにタダで食べさせてあげてくれってことでいただくんですが、それでもいただく分が多いくらいで。それに、今朝もレオーネさんとロメオさんがいらっしゃって」

「なるほど」

「すごいです」

「そんなわけで、味見も全部のフレーバーしていっていいですし、何種類でも盛りますから」


 こんなところにもいた『ASTRAアストラ』の団員に、サツキとチナミはサービスしてもらって、サツキはミルクとカフェとリンゴ、チナミは両手にそれぞれチョコとヨーグルトとアマレナ、コッコとヘーゼルナッツとピスタチオというフレーバーにした。

 リディオがどんな味が好きなのかとか、レオーネとロメオがいつもどの味を頼むのかとか聞いて屋台を離れようとしたところで、お兄さんは耳打ちするように口に手を添え、


「あ、そうそう。サツキさん、さっきすごい大物を見ましたよ。だれだと思います?」

「さあ」


 サツキは小首をかしげる。


「実は、あの『おううすすさのおです。今せいおうこくを騒がせている『だいちょう』がこんなとこまでジェラート食べに来るなんてねえ」

「『魔王』……?」

「ええ。ご存知ありませんか」

「いいえ。スサノオさんの名前は知ってますが……」


 その名前から、サツキには連想される別の名前があった。

だいおんみょうやすかどりようめい


 ――リョウメイさん。あの人は、確かスサノオさんの軍監だって言ってた。リラが言うには、軍事参謀と外交官と経済財政担当を兼ねた監督官、だったかな。『魔王の軍監』とか『なんでも屋』って異名もあるらしいし、スサノオさんにとってなくてはならないブレーンの一人だろう。それなら、リョウメイさんもこのマノーラに来ている……?


 つい考え込んでしまったが、サツキは目をあげて聞いた。


「いっしょにメガネをかけた怪しい人はいませんでしたか?」

「怪しいかはちょっとあれだけど、メガネの青年もいたよ。あとは執事って感じの青年がいたかな」


 スサノオは、『文化英雄』とも呼ばれる超有名人で、その美貌はあのヴァレンと並んで評されるほどであり、史上初めて写真集を出したり、くもくにたのおろち退治をした逸話もあるそうだ。そんなスサノオのお付きの人がたった二人なのは意外だが、そこにリョウメイもいることはわかった。

 ヒヨクとツキヒのこともあるし、サツキは久しぶりにリョウメイと話してみたかった。


「スサノオさんはどちらに行きました?」

「あの人なら、しばらく前にその辺でジェラートを食べたあと、向こうの階段をのぼっていきましたよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「でも、一時間は前だったから、もういないと思いますがね」

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