33 『ミナトとケイト』
この晩、ミナトはケイトと共に布団を並べた。
話はとりとめもなく、ケイトは故郷であるアルブレア王国のことを語った。ミナトはひたすら相槌を打ちつつ聞いている。
ケイトは子供のような顔で昔話をしてくれた。
「我が家では父の教育が厳しかったんですがね、その代わりによく褒めてくれたんです。だからボクは騎士として腕を磨くことも勉学に励むことも、どちらも楽しかった。特に勉学に精を出して、他国のことや政治を学びました」
「政治などわかるんですか」
「いいえ。結局、わかってなかったみたいです。ボクは、ブロッキニオ大臣に選ばれたことを名誉に思って、自分ではなにも考えられずにこんなところまで来てしまった。父に相談しても、それもいいと言うのでつい」
「では、お父上も大臣に騙され……」
ミナトが言いかけたとき、言葉をかぶせるようにケイトは言った。
「あるいは、なにか狙いがあったのかもしれません。父は、切れ者として国内の騎士団長たちから一目置かれていたような人でした。いや、一目置かれるというより、警戒されていた、といったほうが正しいでしょうか。『
「そんなお父上ならば、素直にブロッキニオ大臣に騙されるとも思えない」
「ええ。父はね、『必ずしも命令に従う必要はない。好きにしろ』と言ったんです。また、『状況を見て、身の振り方を考えろ』とも教えられました」
「お父上ご自身も、なにか思い当たることでもあったのでしょうか」
「さあ。でも、結局ボクは自分で考えることができなかった」
「……」
「もし、父が士衛組の敵になるようなら、厄介な相手になることでしょう。ミナトさん、心得ておいてください」
はい、とミナトは小さくあごを引いた。
真剣な顔になったミナトに、ケイトはふわりと微笑みかける。
「しかし、父や兄に教わり政治を学ぶのも面白かったのですが、他国について学んだのは楽しかった。実際に他国へ行ってみると、こんなものかと驚いたものです。晴和の風は心地よく、よいところでした」
「ええ」
「ただ、王都を見る余裕のなかったことは残念でしたね」
「王都――
「故郷、ですか。やはり故郷はよいものですよね。ボクも結局、アルブレア王国が一番好きでしたから。風の匂いも、人の音も。なんで、それを変えようとしたのかな、あの方々は……」
憂うようなケイトのつぶやきにも、ミナトはなにも言わなかった。
士衛組を悪く言うこともせず、自国の大臣や騎士たちにも愚痴ひとつこぼさず、このあとケイトは終始、子供のような顔で昔話を語った。
寝る前、最後に、ケイトはそっと尋ねた。
「まだ、起きてますか」
「ええ」
ひと呼吸置いて、ケイトは言った。
「お身体は、大丈夫なのですか? もしかして、
「どうかなァ。わかりません。たまに咳は出ていたので、可能性は」
「ちゃんと、医者に診てもらってくださいね。玄内先生のような素晴らしいお医者様が側にいるのです。ボクは、あなたには……あなたにだけは、いつも健やかに笑っていてほしいので」
ミナトはくすくすと少女のように笑った。
「やめてください。まるでもう会えなくなるみたいだ」
そこまで言って、ケイトの言葉の意味を考え、
「ではおやすみなさい」
と会話を終わらせ、寝入るようにしてケイトとは反対側に顔を向けた。
「……ミナトさん。おやすみなさい」
翌朝。
まだ明かりもぼんやりとして、黄色の空は薄暗い。
宿を出て、ミナトはケイトを伴って馬でスラズ運河まで駆けた。ここの朝日は綺麗だと宿の主人に聞き、来てみたのである。
川岸で馬を降りて、ケイトは朝日を見つめる。
「美しい」
ミナトはひらりと馬から飛び降りて、
「ケイトさん……」
と、ケイトを見据える。
これにケイトはうなずきを返した。
「……ミナトさん。では、そろそろ終わりにしましょうか」
そう言って、ケイトはゆっくり振り返った。
「やっと終われる」
つぶやきが、ミナトの耳には聞こえた。
ミナトはその様を見やり、尋ねた。
「どちらへ行かれます?」
「西へ。故郷の景色がなつかしい……」
やはり――と、ミナトは諦観した。
――決意は、揺るぎませんでしたね、ケイトさん。さびしいな……。
ミナトはケイトへと歩いてゆく。
――本当はね、独断で見逃すのもいいかもしれないって思ったんです。でも、サツキが斬れって言った。あのサツキがそう言ったからには、よほどの覚悟があってのことなんだ。そして、理由もあるはずなんですよ。
ケイトはミナトに背を向けた。
悲しみを瞳にたたえ、ミナトはケイトの背中を見る。
――僕はサツキを信じてる。だから、僕も決意を固めます。
ひたと、ミナトが足を止めた。
「ケイトさん、よろしいですか」
ミナトは刀に手をかけている。
「ええ。ミナトさん、ボクはあなたにとても好感を持っていました。この世のあらゆるしがらみから解き放たれたようなあなたの笑顔は、暗い気持ちを忘れさせてくれた」
「……」
「ボクの好きだった国を、どうか救ってやってください」
と、ケイトも剣に手をかけた。
「承知」
ミナトが答え、二人は同時に剣を抜いた。
抜いた瞬間は同時だった。しかし、ミナトの剣がきらりと光ったのが、一瞬早かった。振り向きざまに放ったケイトの抜き打ちは空を切り、ミナトの剣がケイトの首を刎ねた。涙を流しながら微笑んだような顔をしたケイトの頭が、地面に転がった。
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