幕間紙劇 『江川留太郎は穴掘り長者と明日長者の紙芝居に案内する』

 王都の公園や空き地には、よく紙芝居師がやってくる。

みょうかい案内人ストーリーテラーがわとめろう

 動く絵で紙芝居をする王都の住人で、年は六十を過ぎた男性だった。

 この動く絵の仕組みは、《さいせいかい》。

 数枚の画を一枚に閉じ込めて映像化することで、常に動画が再生されるように絵を動かす魔法である。

 ある日、しばらくぶりに王都を訪れていた二人組が、子供たちに混じってトメタロウの紙芝居を観ていた。二人は二十歳を超えるが、まるで子供のように純粋な目をしている。


「桃太郎はやっぱりおもしろいね」

「だね!」

「あはは。アキくんとエミちゃんは相変わらず好きだねえ」


 二人を知っているトメタロウはおかしそうに笑った。


「じゃあ、次はなにをやろうか。リクエストはあるかな?」


 トメタロウがぐるりと見回すと、子供たちのだれよりも早く、天真爛漫に二人がリクエストした。


「ボクあれがいい。長者様の話」

「アタシも。じゃあ、トメさん、『あなちょうじゃしたちょうじゃ』が聞きたいな」

「ははーん。ちょっとマニアックなとこいくね。いいよ、やろうか」


 あったかな、とトメタロウは『穴掘り長者と明日長者』の話を探す。「あったあった」と見つけ出して、準備すると、パカッと紙芝居の扉を開いた。

みょうかい案内人ストーリーテラー』は物語に案内する。


「初めて聞く子も多いかな。これは、兄弟が長者様になるお話だよ。『穴掘り長者と明日長者』のお話のはじまりはじまり」




   ◇




 昔々。

 千年ほども昔。

 ある村に、なまけ者の兄弟がいました。

 兄がたちばねとし、弟がたちばねまるといいます。

 ヒトシとフジマルは、毎日毎日、働きもせず、家でごろごろして暮らしていました。

 困った父親が何度この兄弟を叱っても、まるで効き目がありません。

 ついに父親も亡くなってしまうと、暮らしていくには仕方ないからと、ようやく重い腰を上げて、二人は働き始めました。

 しかし、その日暮らしができればそれでいいという気持ちなので、家は貧乏で、母親も妹も慎ましく暮らしていました。


「兄さんたち、もうちょっとばかし働いてみてもいいんじゃないの?」


 十二歳になったばかりの妹、たちばねが言います。

 長男が二十歳、次男が十七歳だから、この時代ですと嫁も欲しくなってくる頃です。それなのに、二人は働きたくない気持ちが強いので、ごろごろしながら答えます。


「おれはいいや」

「うん、そうだな。暮らせんこともないし、いいな」

「あんたたちはまったく」


 腕組みしながら母親が呆れ果てて叱りつける気力もありません。

 妹のミエがご飯をよそって四人で食べると、兄弟二人は仲良く家の庭の風呂に入りました。


「いい湯だ」

「ほんとにな。いい湯だこと」


 兄弟の楽しみは、このお風呂でした。

 近くには川が流れているせいか、この山間の村の特色のためか、この兄弟が幼い頃に父親が掘り当てた温泉があったのです。

 小さな温泉だから客を呼べるほどではありませんでしたが、この湯に浸かれるだけで、兄弟は幸せでした。

 二人が上がると、母と妹もこの温泉に入り、遅くならないうちに家族は寝つきました。



 その晩。

 弟のフジマルがうなされていました。


「うぅっ! うぅっ!」


 それに気づいて、兄のヒトシが目を覚まします。

 フジマルは仰向けのまま腕を上げて、


「うぅっ! うぅっ!」


 と言い続けているのです。


「どうした、大丈夫か?」

「うぅっ! うぅっ!」

「悪夢でも見てるのか?」

「うぅっ! うぅっ!」


 どれだけ声をかけても、フジマルは目を覚ましません。

 四人並んで川の字に寝ているので、母親と妹も起き出して三人で声をかけましたが、それでもフジマルは苦しそうにうなっています。


「腕くらいは下ろしてやろう」

「そうだね」


 ヒトシとミエが腕を下ろしてやろうとしますが、よっぽど力が入っているらしく、ピクリとも動きませんでした。


「これはどうしようもない。おれたちも寝よう」

「兄さん、苦しそうだね。かわいそう……」


 ミエはまだなんとかしてやりたいと思っていましたが、母親が桶に温泉の湯を汲んで持って来て、バシャッとフジマルにかけました。


「うわぁあ!」


 ようやく、フジマルは目が覚めました。


「やっと起きたね。あんたは人騒がせな子だよ。でも、無事でよかった」

「ああ、無事でよかったな」

「兄さん、大丈夫?」


 フジマルは目をパチクリさせて、こくりとうなずきます。


「うん。大丈夫みたい」


 それから、家族はまた眠りました。

 布団が温泉のお湯で濡れてしまった弟は別の布団を敷いてから横になりましたが、じぃっと天井を見て、考え事をしています。


「なんだ? まだ眠れないのか」


 どうやらヒトシも起きていたようで、フジマルは訥々としゃべり出しました。


「世界樹の夢を見てな。初夢に一番いいのが世界樹だったよな」

「おう。そうだな」

「いいことがあるかもしれん」

「バカなやつだ。今は秋、二か月早いぞ。もう寝ろ」

「……」


 ヒトシがとっとと寝てしまいますが、フジマルはまだ天井を見つめています。


「ほんとに、おかしな夢だった。なんて大変な夢だったろう。あんな思いをするなんてな」


 なかなか寝つかれず、フジマルはさっき見た夢のことを自分なりに考えるのです。


「この魔法の世界で一番偉い世界樹だしなあ……。放っておけんもんなあ……。でも、あれだけ大変な思いをしたからには……」


 うん、とフジマルはうなずき、それからはぐっすり眠りました。




 翌日。

 フジマルはいつものように仕事に出かけて行きました。

 なんだか家を出るときのフジマルの顔がちょっと凛としていたものですから、ヒトシは不思議に思います。


「なんかあったのか……?」


 午後、ヒトシは仕事を終えて家に戻ってきます。

 しかしフジマルはまだ帰ってきておりません。

 どちらが早い場合もありますが、大抵は昼を少し過ぎたらさっさと帰ってきてなまけるのがこの兄弟の日課です。

 それなのに、今日は夕陽も沈んでからフジマルは家に帰ってきました。


「どうした?」

「兄さん、怪我でもしたの?」


 兄と妹に心配されても、フジマルはケロリとした顔で頭を横に振ります。


「いいや」


 それだけ答えると、この日はまず家の小さな温泉で汗を流して、みんなで夕食をいただきました。

 このあと、ヒトシが温泉に浸かっている間、フジマルはせっせと草鞋わらじをこしらえていました。


「なんだ。また働いているのか」


 驚くヒトシに、ミエがうれしそうに言います。


「そうみたい。これを明日、仕事に行くついでに売ってくるんだって」

「ほえー」


 ただ、寝るときはみんないっしょです。

 四人並んで川の字に寝るのですが、仰向けのまま、ヒトシがフジマルに聞きました。


「えらい頑張ってるが、どういう風の吹き回しだ?」

「……」


 返事がないので横を見ると、フジマルは疲れてしまったのか、もう眠ってしまっていました。


「なんだ。寝てるのか。昼間も夜も、頑張ってたもんな。おれも寝よう」


 翌朝、フジマルはだれよりも早くに起きて、外を散歩してきていました。

 母親が目覚めて、朝食の支度をしていると、フジマルがひょっこり戻ってきます。


「おかえり。どこ行ってた?」

「散歩」

「へえ、散歩……」


 なんのために散歩などするのやら。

 不思議がる母親にもそれ以上の説明もせず、フジマルは今日売りに行く草鞋を整えて、ヒトシとミエが目を覚まして食事を済ますのを見届けると、さっさと仕事に出かけました。

 それから、次の日もそのまた次の日もそんな生活が続き、年を越して、半年が過ぎた頃。

 夕食のとき、フジマルが言いました。


「おら、そろそろ家を出るよ」

「家を出るって?」

「えー」


 ヒトシとミエが驚き、母親は引き止めます。


「あんたがいなくなったら、この家は兄さんの稼ぎだけで食わなきゃなんないんだよ? そんなの無理だわ。行かないでおくれ」

「大丈夫。お金は入れる」


 フジマルの決意は固く、とうとう家を出て暮らすことになりました。

 しかし、家族の心配は小さなもので済むのです。

 なんと、フジマルがどこへ行くのかと思えば、歩いてたったの三分ほどの近所でした。


「ほえー。なんでこんな近所にわざわざ一人で引っ越すんだか」


 呆れてヒトシがフジマルの家を訪ねて行くと、フジマルは家の庭で穴を掘っていました。


「畑仕事でも始めるのか?」

「いいや」

「じゃあ、なにをしてるんだ?」

「おら、温泉を掘る」

「なるほど。温泉は気持ちがいいもんだからな。だが、温泉くらいうちに入りに来ればいい」

「いいや」

「変なところで頑固者だな。あっはっは」


 笑いながらヒトシが帰っていくと、フジマルはまた、せっせと穴掘りを続けました。




 半年後。

 フジマルは温泉を掘り当てました。


「ふう。《じゅうなり》のおかげで、半年で掘り当てられた」


じゅうなり》は、「柔らかい土也」という意味で、地面を柔らかくする魔法です。掘るときだけ柔らかくして、そこら中を掘っていたのでした。

 その間にも、家を少しずつ大きくしていきました。昼間の仕事や草鞋をこしらえて稼いだお金を、家を大きくするために使ったのです。

 どんどん大きくなる家には、人の出入りが多くなります。

 一年ほどがして。

 ヒトシが訪ねてみると、なんとそれらのお客さんは、温泉を入りに来た人たちで、みんな「温泉気持ちよかったね」と言いながら、楽しそうに宿を出ていきます。

 フジマルの家は、いつの間にか宿屋になっていたのでした。


「兄さんも泊まりに来たのか? 家族だしタダでいいよ」

「そうじゃない。おまえ、こんな立派な宿屋をやってたのか」

「うん。宿屋になったのは最近だけど」


 近頃、フジマルから家に仕送りされるお金は、ヒトシが働かなくてもいいほどになっていました。

 しかしまさか、ここまで立派なことになっているとは、家族みんな思いも寄らなかったのです。

 家に帰って、ヒトシはその夜考えていました。


「どうして、あのなまけ者のフジマルがあれほどな働き者になったんだ?」


 心境の変化があったとしか思えません。

 それも、よくよく思い返してみますと、人が変わったようによく働くようになったのは、フジマルがおかしな夢を見たときからだったと気づきました。


「世界樹! そうか、世界樹の夢を見たからか。それでいいことがあったのか。……いや、いいことがあったのかもしれんが、よく働くようになったのはどういうことだ? わからん」


 結局、ヒトシには答えなど出ませんでした。




 とりあえず、ヒトシは自分もいい夢が見られないものかと思いながら毎晩布団に入ってみますが、朝起きたときには見た夢のことなどきれいさっぱり忘れています。

 ヒトシがそんなダラダラした日を過ごしているうち、フジマルは近所から『長者様』と呼ばれるようになっていました。穴掘りして温泉を掘り当て、温泉宿まで建てたことから、『あなちょうじゃ』とも呼ばれています。

 長者とは、平たく言えば、お金持ちのことです。

 この村で一番のお金持ちになっていたのでした。

 これも、フジマルがあの夢を見てから三年が経った頃です。

 それに引き換え、ヒトシはなかなか縁起の良い夢など見ないし、なまけるのにも疲れて、再びフジマルを訪ねてみました。

 部屋で二人、ヒトシは切り出しました。


「なあ。おまえがよく働くようになったのは、あの世界樹の夢を見たときからだろ。あの晩、なにがあった?」

「夢を見た」

「それは知ってる。その夢に、おまえが働き者になった秘密があるんだろう?」

「うん」


 大きくうなずくと、フジマルは語り始めました。


「あの晩、おらはおかしな夢を見た。なぜだかおらが森の中を彷徨っていると、大きな木が倒れかかってきた。避けることもできず、両手で支えた。力いっぱい支えた。その木を見てびっくり、世界樹だった。この世界の宝だから、世界樹を倒してはならないと思って、おらは必死に支えた。ずっと、ずっとずっと支えていた」

「だから苦しそうにうめいていたのか」

「いったいどれだけの間、支え続けていたか。気づいたら、温泉の湯をかけられて目を覚ました」

「ふうん。でも、なんでそれで働き者になった?」

「世界樹を支えるのに比べたら、働く苦労もたいしたもんじゃないと思った。あれだけ大変な思いをしたからには、怖いもんなんてないからな」

「ほえー。そういうことか」


 しかし、ヒトシにはまだ気になることもあります。


「それはそうと、早朝に散歩してたのはどういうわけだ?」

「せっかく仕事をやるなら、おらと兄さんが大好きな温泉がいいと思ってな、温泉が出て客入りのよさそうな場所を探してた」

「なるほど。合点した。うーむ、なるほどなあ」


 ヒトシは家に帰りました。

 その晩、フジマルの言っていたことを考えました。

 天井を見つめて、じぃっと考えました。


「そうか。世界樹を支える苦労を考えれば、できない苦労はないと思ったわけか。立派なもんだ」


 我が弟を立派なものだと誇らしく思いながら、ヒトシはつぶやきます。


「でも、おれの弟がやってきた苦労を考えれば、おれに同じ苦労ができないわけがないんじゃないか?」


 ずっといっしょになまけてきた弟のフジマルにも、長者様になることができたのです。自分にもできるような気がしてきました。


「おれはどうしても偉くなりたいわけじゃなし。長者様になりたいわけじゃなし。毎日、温泉に浸かれりゃあそれでいい。けど、お金があれば、うまいもんを食べられて、母さんやミエも喜んでくれる。フジマルの温泉に入りに来ていた客も幸せそうだったし、おれが頑張ればだれかに喜んでもらえる。なら、頑張るのも悪くない気がしてきたな」


 ――おれはフジマルみたいにめでたい夢を見たわけじゃねえ。が、やってやれない苦労もない。フジマルが長者様になったのも、いい夢を見たからだけじゃなくて、頑張ったからだ。大事なのは気持ちじゃないか。


「頑張るぞ。したから頑張る。明日から」


 翌日から、ヒトシはよく働くようになりました。

 このなまけ者の兄は、いつもぐうたらごろごろしていた割に、手先が器用で魔法も使えたので、弟がやっていたみたいに、昼間外でやる仕事以外にもいろいろと物作りをしました。

 フジマルの温泉宿は今や温泉旅館という佇まいにまで繁盛していましたが、山間の村なのでこのあたりも夜は真っ暗になってしまいます。

 夏はいいのですが、秋から冬にかけては日が暮れるのも早くなり、夕方に温泉旅館に着くお客さんは暗い中、村を歩いて温泉旅館を探さなければなりません。

 そこで、ヒトシは村中にあんどんを作りました。

 桜の模様を描いた行灯で、立てられた棒の先に屋根つきの照明がついたものです。背の高いこの行灯は、誰哉たそや行灯と呼ばれるものでした。

 家の前に置くといいと言って、安い値段で売り歩き、フジマルも買ってくれて、買い手もいない道にはタダで置いてやりました。

 ここには、ヒトシの魔法が使われています。


「この屋根の中には硯が入ってる。《たますずり》。火打ち石みたいに横に置いといた石で硯を打つと、火の玉がコロリとできる。日が短い時期でも大丈夫なように、半日持つ用の大きさの石にした。これで、だれでも安全に確実に明かりが灯せて、このあたりを歩きやすくなるぞ。よし、明日はもっと頑張るぞ」


 他にも、旅人の旅装を整えるための物をこしらえたり、昼夜構わず必死に働きました。

 そして一年が経ち、お金もできると、家を大きくして、弟と同じように宿屋にしました。

 家の裏手にある小さな温泉も、元々お湯が湧き出るので、もっと大きくするだけでよく、立派な浴場になりました。

 ただ、最初のうちはお客さんも少なく、


「明日はもっと。明日はもっとだ」


 毎日のようにひとり口にしていました。

 近所の友人には、


「弟のマネしてもうまくいくかなー」


 と冗談交じりに言われたりもしましたが、


「明日はもっと来るさ。明日はもっと頑張るからな」


 いつもそう言い返すのでした。

 その言葉通り、明日はもっと頑張るぞと一生懸命に働き、毎日それを唱え、二年の月日が経ちました。

 この頃にはフジマルの温泉旅館と比べても遜色ない温泉旅館へと成長していき、ヒトシも『長者様』になります。

 この村のだれもが、ヒトシがいつも「明日はもっと」と唱えるのを知っていたので、『したちょうじゃ』と呼ばれました。

 ヒトシとフジマル、二人の温泉旅館が同じくらいの規模になると、仲の良い兄弟は話し合います。


「せっかくおれたちは兄弟そろって温泉旅館をしてるんだ。二人で切り盛りしたほうが、もっと繁盛しないか?」

「そうだな。それがいい。おら賛成だ」


 二つの温泉旅館は一つの大きな温泉旅館になりました。

 そして、また一年もせぬうちに二人は気立てのよい嫁をもらい、妹は王都へ嫁ぎました。


「兄さんたちの宿を、王都でも宣伝するよ」


 そう言って王都へ出て行った妹のミエのおかげか、噂が噂を呼び、王都からのお客さんもすっかり増えました。

 ヒトシが奮起してから三年以上の月日が流れていました。

 お客さんが増えれば、この兄弟を真似して宿屋も増えます。

 しかし、この兄弟の温泉旅館ほど繁盛する宿屋も他になく、二人の温泉旅館はいつまでも村一番の温泉旅館であり続けました。

 この兄弟の営む温泉旅館は、『』といって、ヒトシが「明日から頑張る。明日から」と決意し、口癖のように毎日「明日はもっと」と唱えたことが名前の由来になっておりましたが、この宿は千年以上経った今でも『明日屋』の名前そのままに代々受け継がれています。

 現在の『明日屋』が吹き抜けのロビーで広い敷地を持った建物なのも、この兄弟の二つの温泉旅館が合わさった名残です。

『明日屋』を中心としたこの村は、なんの特色もなかったのが嘘のような温泉街となり、今のがわおんせんがいはこうして作られました。

 そうなると、紀努衣川温泉街はなまけ者だったこのヒトシとフジマルの兄弟が作った温泉街ということになりましょうか。

 ヒトシが作った誰哉たそや行灯は今も温泉街を彩り、生前にお金を稼ぐためにたくさん作った《たますずり》も、現在でも骨董品としても実用品としても少しばかり流通しているそうです。

 また、王都に行った妹のミエが宣伝したおかげで、王都のお客さんで賑わうようになったため、

おうおくしき

 とも称されるほどの街になりました。

 桃栗三年柿八年と言いますが、まずフジマルが三年で『穴掘り長者』になり、次の三年でヒトシも『明日長者』になり、さらに五年でこの村が『王都の奥座敷』と呼ばれるようになったのです。

 三人の兄妹はいつまでも仲良く、温泉を楽しみましたとさ。




   ◇




「はい。おしまい」


 わーっと、アキとエミが拍手する。

 子供も楽しそうに手を叩いた。

 アキが聞いた。


「トメさん、紀努衣川温泉に入ったことある?」

「前に旅行して入ったよ」

「まだ入ったことなかったら、おすすめしようと思ってたんだ。温泉、気持ちよかった?」

「うん、よかった。この温泉のお湯は、無味無臭でくせがなく肌にも優しいから、だれでも入りやすいよね。神経痛とか火傷にも効果があるんだっけ。疲労回復と健康増進にいいっていうから、一泊で四回は入ったかな。あの兄弟のおかげで温泉に入れてるんだって思うと、なんとも言えない気分だったね」


 今度はエミがウキウキしたようにひとりごちる。


「聞いてたら、なんだか入りたくなってきちゃった」

「久しぶりに晴和王国に帰ってきたところだし、星降ノ村に戻ったら、温泉街にも寄ってみようか」

「そうだね。明日、朝一で列車に乗って光北ノ宮に行こーう」


 そんなアキとエミを見て、トメタロウはおかしそうに笑った。


「元気だなあ」


 こうして、翌朝――創暦一五七二年四月一日、アキとエミは王都を出発したのであった。

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