9 『SIGN×POST』

 夜の森を歩く。

 クコは、ふと空を見上げた。

 ここからだと満天の星空が広がって望見できる。


「あ」


 ぽつりと声を漏らした。

 その声に、サツキも顔を上げた。


「(どうした?)」

「(は、はい。突然、見たこともない星が空に……)」

「(新しい星……?)」

「(おそらく、そうです。しまい座の姉の星の隣に、新しい星が燦然と現れました)」

「(しまい座?)」

「(あの星座です)」


 と、クコが指を差す。

 だが、サツキにはどこをどう結んでそのしまい座になるのかわからない。姉の星、というからには「姉妹」という意味なのだろう。

 考えてみれば、この世界の星座など、サツキの知っている星とは違っていて当たり前である。

 星空も、サツキの知っているものより星の数が多い。


「(詳しくはあとで聞くとして、あのあたりに現れたのが新しい星なのか)」

「(ええ。新しい星が現れたことで、しし座が消えました。いいえ、その光が薄まり見えづらくなりました)」


 視認できない。それは星座としての機能を失ったようなものである。


「(星は、ずっと昔に発光した光が何光年とかかって届くものだ。星の誕生も珍しいものでもないだろう。同時に、消えるのも珍しいことではない)」


 しし座がサツキの知っているしし座と同じものか、一度見ておきたかった。今は見えなくなってしまったが、改めて星空を観察すると、知っている星座もあった。ただ、星の数が多いから、同じ星座かの判別はしかねる。


「(新しい星と、しまい座、いぬ座、こねこ座、ぺんぎん座、かめ座、こうさぎ座、かたな座が動き始めました。しまい座の妹の星も。こんなに星が動くのは珍しいです)」

「(確かに、怪現象だ)」


 と、サツキは苦笑する。


 ――俺が来たことで、ひずみが生じ、この世界の理が乱れたのか……。


 そう考えてみるが、クコは自信なさげに、


「(あるいは、そうかもしれません。ですが、五芒星やその隣のきつね座、東に浮かぶかえる座などは動いていません。星座には詳しくないので、わたしの勘違いの可能性もあります)」


 クコがほかに知っている星座は、みかづき座、たて座、いしゆみ座、たぬき座、にんぎょう座など、いくつかある。しかしどれにも変化は見受けられない。


「(いずれ、この世界についてもっと知る機会はあるだろう。世界の乱れが目に見えて現れたら、そのときに考えればいいさ)」


 サツキがそう思うと、


「(そうですね! この世界のこと、わたしが教えて差し上げます)」


 クコが笑顔で答えた。


「(うむ。では、先に行こうか)」

「(はい)」


 二人は歩き出す。



 星の変化に、バスタークも気づいていた。

 バスタークはつぶやく。


「今宵は、星がよく動く。不吉だ」


 古来より、星の光は暗闇を照らす道しるべとされてきた。

 道しるべが動けば、人は指針を失う。


 ――だが、動かぬ星もある。むしろ、動き出した星座が異常なのだ。まさしく、威風堂々と鎮座した五芒星こそ、我が指針。


 上げていた顔を下ろし、バスタークは前を向く。


「異常は、まさしく正すべき。『純白の姫宮ピュアプリンセス』はどこだ」


 再び、バスタークは歩き出した。



 サツキとクコは、そのあとしばらく歩いた。

 二人の視界に、靴らしきものが映る。

 風雨にさられたせいか、さびついて使い物にならない金属製の靴である。


「(こんなところに?)」

「(不思議がることではありません。この森に入った者は、出られずさまよい続け、やがて命を落とす、ということがよくあるので)」


 周囲への注意も忘れず、靴の元へと歩み寄った。

 すると、そこには簡易めな鎧と靴、刀があった。それに、人骨も。クコの言うように、ここで命を落とした人のものだろう。いずれも最近のものじゃない。軽く見積もって、五年以上は昔だ。


「(鎧も靴も西洋風なのに、刀か)」

「(刀は晴和王国に職人さんがいます。異国から世界樹を求めて森に入った方だったのでしょう)」


 刃もボロボロで鎧も靴も使えそうにない。


「(しかし、晴和王国に刀鍛治か)」


 ひとつ、合点がいく。サツキは晴和王国が日本っぽい国だと思っていたが、やはりそうらしい。刀――つまり日本刀をこしらえるのは、日本しかない。日本によく似た国ということだろう。


「(俺たちも迷わないようにしないとな。行くか)」

「(はい。零時を回り、もう一時近いです。急ぎましょう)」


 追っ手への警戒は忘れず、二人はさらに歩を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る