第571話 人の業 ②

 貧しさは視野を狭くする。

 口入れ屋に屯し、何とか仕事が欲しいと頼む日々。

 紹介されるのは何れも短期で賃金が安い。

 どうにか賃金の良い物をと頼む。

 だが、なかなか真っ当な仕事がみつからなかった。


「ほら、嘘だ」


 どういう事かと傍らの男を見やる。

 焚き火にやっと温もりを得た男は、首を少し回して伸びをした。


「炭鉱だけがコルテスの仕事だと思うか?

 ずっとそこで働いていたから潰しがきかない?

 紹介されるのが割に合わない安いものばかり?

 ついさっき、飢えた子供を見たろう?

 それでも村に残っていた。

 残り役割を全うしていた。

 それがコルテス人であり、本当に飢えていたならば何でもする。

 そして何でもするまで追い詰められていても、ああして見知らぬ者へも気を配った。

 じゃぁここで醜態を晒している男達の言い分は何だ?

 言い訳だ。

 こいつらは炭鉱夫じゃない。

 鉱山が閉まっちまったから仕事がない?

 奥に潜らなくても仕事はあるだろう。

 身売りして船に乗ってもいい。

 今なら沈没した後だ、名乗り出りゃぁ雇ってもらえるだろう。

 それにテメェでも言ってやがる。

 紹介されるのは安い仕事だ。

 つまり仕事はあった。

 ただ、此奴らは与えられた仕事に不満をもっていた、だけだ。

 鉱山でどういう仕事をしていたのかは知らん。

 だが、ちょっと操業が停止したら、飢え死にする?

 そんな訳あるかよ。

 そんなら山に入って獣でも狩って食えってんだ。

 いい年した五体満足の男がよ。

 楽で稼げる仕事を探していた訳だ。

 なら仕事にあぶれていたって当然だ。

 小汚い形だが、痩せてねぇだろ。

 歯だってぎっちり揃ってる。

 元々、労働していたのかも怪しいな。」


 なるほど、と思う。

 思うが、そうした考えを聞かされると、コルテス人とは何か?と気になった。


「自分が何者かって意識だ。

 お前には理解できない考えだな。

 身分、人種、同じ血族、何と言えばいいのか。

 つまり村の子供は、自分はコルテスの人間だっていう意識があった。

 俺達を見てコルテス人として対した。

 外の人間、敵じゃなく、客だ。

 自分はコルテスに生きる、コルテスの血だとね。」

「誇り、でしょうか?」

「そうだな。

 帰属意識って奴だ。

 お前の場合、そういう気持ちは薄いだろう。

 人は人と捉え、いい意味で言えば別け隔てがない。

 自分の村人と他の人間、相対しても警戒心はあるが、人間は人間だ。

 身分も人種も理解しているだろう。

 が、そこでお前の場合、王国人である。

 とか、北の人間である。

 と、自分を形付けしないだろう。

 そこは此奴らと同じだ。

 だが、それでうまい具合にいくことばかりじゃない。

 お前のように真面目くさった奴ならいいさ。

 だが大方は、この目の前で泣き言を垂れ流しているような輩も忘れているんだ。

 誇りってのは、恥を忘れた輩には無いんだよ。

 恥ってのはな、自分を客観的に見る力だ。

 恥を忘れた奴ってのはな、目先の事の損得勘定ばかりで、自分大事。

 己に罪なく、全て周りの所為にする。

 初っ端から、耳が痒くなる話を聞かされたな。」


 ひとり二人と聞かれるままに、男達が話している。

 それを焚き火越しに眺めると、カーンは本当に耳を掻いた。


「労役まがいの仕事ばかりで、生活はなりたたないし、海に出る仕事は無理だった。」

「何でだい?」

「船になんぞ、乗ったこともない。それも一年以上海のうえじゃぁ困る」

「領外の仕事もあるだろう」

「そんな遠くへは行きたくねぇし家族もいる。山の仕事以外はしたくなかったんだ」

「じゃぁ何でここへ来たんだい?」

「金が良かったし、採掘作業より楽だって話だった」



「ほら、嘘だ」


 耳を掻きながら、カーンはため息をはいた。


 山の仕事が良いといい。

 楽な仕事なら山で働かなくてもいい言う。

 金が良ければ、山越えして働きに来る。


 確かに、矛盾だらけの話だった。

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