第84話 さようなら
「黙っていた事にか?
辺境伯のしみったれた領地に、化け物がいるってか?
どこの領地にも獣はいるし、盗人は出るもんだ。
税を誤魔化し、兵を集めて武器を造っているのか?
女子供を攫っているのか?
違うだろう?
お前のところの領主は、落ちぶれちゃぁいるが、金は誤魔化しちゃいないだろ?」
「金、ですか?」
「中央が気にするのは、金と兵力の誤魔化しだ。」
「領主の客が死にました」
「客ねぇ」
腰の袋に目をやると、男はせせら笑った。
「問題はそこじゃねぇんだよ。
奴らを隠したわけでもないんだろう?
まぁ咎められるとしても、騙りを見抜けなかった間抜けさだけだ。
ちょっとばかり奇妙な生き物が出たって、南にいきゃぁもっと阿呆みたいに襲いかかってくる生き物だらけだ。
それに比べりゃぁ、与太話にもならねぇよ」
「それで、いいんですか?」
「神殿の連中は、ここを調べたがるだろうがな。
問題は、首がたりないって事の方だ。」
もう少し肉を寄越せと、男が手を出す。
妙な男だ。
背嚢から塩辛い肉を引っ張り出しながら思う。
「旦那の仕事ですね」
「俺はな、すべてがあの男の所為だと考えている」
「あの男?」
「俺の獲物は、領主の客二人だ。
お前のところの爺達が案内した貴人二人だ。
一人は土産になったが、揃っちゃいねぇ。
仲間と合流したら、爺どもを案内に立たせて、奴を探さねぇとな。ったく面倒くせぇ」
まだ、この男は諦めていなかった。
死霊術師を追うなど、不可能だ。
ボルネフェルトは、宮の客人になった。
地獄から伸びた手に、鷲掴みにされた。と、言っても信じないだろうな。私も言いたくない。
「旦那、ここはよくない場所だ。さっさと引き上げましょう」
「そうだな、坊主は戻らねぇとな。爺ぃどもに生きてる姿を見せねぇとうるさそうだ。もう一度、もっと奥を案内をするように、お前からも頼めよ」
そういうと、カーンは闇雲に前へと進む。
「旦那、右なら帰れますよ」
踏み出す背中に声をかける。
それに男は振り向いた。
「私もここは初めてですが、帰り道はわかります。
帰る道なら、知っているのです」
私が言い聞かせるように言うと、カーンは表情を消した。
帰り道とは、あの碧の道の事だ。
どうやら、私も染まったようだ。
うっすらと視界に碧い色が浮かんで見える。
「なら、あの男がいる場所もわかるのか?」
問いを吟味してみる。
確かに、行けるだろう。
「帰れなくとも良いなら」
そして男が返答する前に、言葉をついだ。
「死んだら行ける。
だから、旦那は帰るんです。
二度とここへは来ては駄目ですよ。
ここは良くない場所です」
「つまり、行けるんだな?」
「死んだらね」
馬鹿馬鹿しいと、男は言わなかった。
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