第83話 百目 ②

 宮の呪いは、私にもかかっていたのかもしれない。

 けれど、何故かカーンの姿を見たら、もう、何も悩まずにすむのだとわかった。

 呪いは、自覚すれば解けるのだろうか。


「私が突然でてきて、疑わないのですか?」

「お前なんぞ、片手で一捻りどころか、ちょっと俺が突いただけで死んじまうだろう。

 そんなガキにびびってるようなら、こんな生業なんぞ止めて、畑でも耕していりゃぁいいのさ」


 傍らの男を見上げる。

 侵食され、宮の呪いに蝕まれる。

 カーンは、先行していた爺達よりも後に来た。

 だからまだ、侵食は見えない。

 だが、彼はその生業で人を殺し、その腰には首がある。

 してはならない事を、この男は既に幾度も宮で行っている。

 呪いは、確実にこの男を蝕んでいくだろう。

 その罪は、外に逃れる事を拒む。


 でも、この御客人は帰らねばならない。


 地の底の蝶、神は、それを許しはしないだろう。

 だが、この人を帰さねばならない。

 それが宮に穢を呼ばず、この北の地を守る事になる。

 育ててもらった恩を返し、私が大切にしたい思い出を殺さずにすむのだ。


 この人殺しを帰そう。


 そうすれば、さらなる禍事は来ない。

 これが、供物になる理由だ。

 きっと大丈夫。

 きっとこれで終わる。

 私が、この男をここへ案内したのだから。

 知らぬとは言え、番人の言う理を乱したのは私だから。

 きっとこの男も宮の主も、この答えをのんでくれるはずだ。


「ここは妙な場所だよな」

「今更ですよ」

「腹が減るから、時間は流れてる。

 でもよ、ここで百年経ったって言われても信じそうだ」

「確かに」


 石の迷路はナリスもお手上げなのか、単にカーンと会話したくないのか沈黙している。

 時々見かける醜い姿の化け物が襲ってこないので助かっていた。


(宮の主が慈悲だ)


 再び、心に声が届く。

 慈悲?


(馬鹿な娘への慈悲だ)


 それでも通路を大きな姿が塞ぐ事もある。

 不定形の蛙の卵のような塊で、人を見つけると這い寄ってきては、じっと見てくる。

 カエルの卵全てに、人と似た目玉がある。

 悍ましい姿だ。

 ネタネタずるずると這い回り、吸い付いてはしゃぶって歩いている。

 その黄緑と血色が混じった塊は、人間を溶かして食うらしい。

 カーンの解説だと、巨体の割に素早く動き飛びかかってくる。

 けれど、目の前のそれは、じっとこちらを見つめて動かない。

 それにカーンは、剣を収めた鞘で抉る。

 中心にある塊を抉ると、それはドロっと溶けた。

 害虫退治だ。とはカーンの言だ。

 斬るのは難しく、中心の塊を潰して始末する。

 それを知らないと中々の難敵だ。

 全部が口のようなものだし、飲み込まれれば溶かされ窒息する。

 どうして、中心を潰すことを思いついたのか?

 単純に、叩いていたら死んだ。だ、そうだ。


「旦那、ひとつ、聞いてもいいか?」


 未だに干し肉をかじりながら、カーンは眉をあげた。

 白い瞳が見下ろしてくる。


「このような異形の地があると、中央の方々にお告げになるのか?

 我々は、この地に住まう者達は、咎められるのか?」


 ゆっくりとした瞬きの後、男は肉を飲み込んだ。


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