第479話 孤独の岸辺(上)⑤

「子供の頃の?」


「素直って意味さ。

 死人が見えた。

 俄には信じがたい。

 だが、忌々しいことに死人が動く世の中だ。

 そんなもんが見えても驚かねぇし、お前が口をつぐむ理由もわかった。

 糞ったれなボルネフェルトは死人を動かしていた。

 お前だって、そんな事を軽々しく口にはできまい。

 でな、そこまで考えて怖くなった。

 お前に、俺はどんな風に見えてるかってな。

 お前に見つめられた時、ふと思った。

 死人が見えるんだ。

 俺のような人間は、どんな風に見えているんだろうってな。

 化け物にでも見えているんじゃなかろうかってよ。」


 彼は肩を竦めた。


「恥ずかしいわけじゃない。

 これが俺の人生だ。

 だが、あの時の俺は思った。

 一言、お前から何か言われたら、刺されるより痛いだろうってな。」


「言われたら」


「そうだ。

 怖い。

 嫌い。

 近寄るな。

 人殺し。

 それから、そうだなぁ、化け物、死神、疫病神か?

 決定的な言葉が聞きたくねぇって。

 本心を言え何も隠すなって言っておいて、これだ。

 まぁ怒るよな。

 ほら、顔が蛙みたいになってるぞ。まさか、泣かねぇよな」


 大きく息を吸い込むと、カーンは顎を撫でながら続けた。


「今まで何処にいたと思う?

 お前を部屋に押し込めて、それから下へと取って返した。

 俺の頭がおかしくなったと騒ぐ奴らに囲まれて、お前を何処にやったと巫女頭には怒鳴られて。

 ニルダヌスの娘と孫は、俺がお前を殺したと思って、卒倒しそうになっていた。

 暫く城で預かると伝えるのに苦労したぞ。」


 驚きに開いていた口を閉じる。

 それから頬をこすって、混乱する考えをまとめようとした。

 もちろん、あまりまとまらない。


「私はこれから」


「オリヴィア、腹を割って話そう。」


 私の逡巡にカーンは真剣な表情で続けた。


「お前の考えを知りたい。

 信用がないのもわかっている。

 お前から見れば、俺は恐怖の対象だ。

 だが、お前が嘘を混ぜない言葉を返すと誓えば、どんな話も俺は信じる。

 俺はお前の言葉を疑わず、最後までお前の味方でいると誓う。」


「どうしてですか、どうしてそんな」


「知りたいからだ」


「何をですか?」


「死人の声。

 お前の嘘。

 俺が何を忘れているのか。

 何が起きているのか、そして」


 カーンは袖口を捲くり上げた。

 私は知らず、小さな悲鳴あげる。


「お揃いだな、オリヴィア」


 彼の腕、肘から手首にかけて、藍色の紋様が取り巻いていた。

 私の体を取り巻く紋様と同じ、誓約紋だった。


「お前の苦しみは、これで少しは減らせたか?」

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