第558話 忠言は届かず

 少年は健脚であった。


 やせ細り見るからに栄養不良である。

 だが、その足運びは確かなもので素早い。

 荒れた道を歩きながら、時折、隊列を振り返っては様子を伺う。

 その様を見、この少年も狩人もしくは狩猟時の勢子(獲物の狩り出し役)ではないかと思う。

 飢えを村人達が抱えていても、未だ留まり死を避けている理由は、そのあたりだろうか。

 なら村が貧しくなる理由は何だ?

 深く森に入れない?

 確かに森は荒れ果てている。

 それに村人は警戒しつつも、獣人には攻撃的ではなかった。

 恐れ伏していただけか?


 つらつらと考えを追っていると、道に小砂利が混じり始めた。

 馬車道らしき痕跡が見える。

 それでも荒れ果てていた。

 草木の侵食を押さえる道の杭は腐り落ち、小砂利の隙間からは、雑草が勢いよく生え伸びている。

 何も知らずに通ったとしたら、貴族の別邸へ続く道とは思わない。


「野犬は」


 私が言いかける途中で、カーンが唸る。

 人家の近くには、野生化した犬が増えやすい。

 荒廃と野犬の組み合わせは、貧しい村落の常だ。

 旅人が野盗の次に警戒するのが、その野犬である。

 凶暴な犬は、野生の肉食獣より始末が悪い。

 人を恐れず、群れて襲いに来るからだ。

 それもわざわざ人を探して。


「坊主、このあたりに犬はでるのか?」


 少年の側を歩く兵士が訪ねる。

 野犬の牙や爪には毒がある。

 大方の野犬は食うにはまずいし、病気もある迷惑千万な害獣だ。


「森の中に、相当数がいるそうです」


 普通、野犬刈りは率先して行うものだ。

 村人にその義務を負う者がいずとも、領主の兵士が野犬を狩るだろう。

 普通ならば。


「誰も狩らないのか?」


 少年は歩調を緩める事無く、側の兵士に答える。

 それを聞いた兵士の顔が、嫌そうに歪んだ。


「コルテスの犬舎から逃げ出した犬だそうです。

 村人では勝手に始末できないと」


 馬鹿らしい答えに、思わず周りの兵士達も顔をしかめた。

 これが森に入らない理由か。


「差配役の役人はいないのか?」


 先を歩く兵士達が、少年に聞いている。

 その痩せた子供の姿は心に痛い。

 かといって、他領地の者だ。

 まして放棄地の者である。

 本格的に手を差し伸べるなら、彼らを土地から移動させて別の暮らしを与えるまでしなければならない。

 中途半端に手を差し伸べるのは間違いだ。

 いま直ぐにできる事は、駄賃をはずむぐらいである。


 それにしても、すべてがチグハグと噛み合わない。


 やせ細った少年は、その様子から獣人を忌避するでもなく答えている。

 獣人との接触がなかったからか?

 考えてみれば、先程の村長らしき老人も、獣人との会話を恐れているようには見えなかった。

 獣人を恐れる必要はないのか。

 むしろ他の事が気がかりであり、もっともっと心を悩ませる事がある。

 それは村の飢えなのか。

 それとも別の事なのか。


「近辺には村があと2つあるそうです。

 差配もいるらしいですが、今のところ村人の訴えは退けられていると。

 その代わり、このあたりの税金は免除しているようです。」


「くだらねぇ冗談で笑えねぇな」


 カーンの呟きを聞きながら、会話する少年と兵士の背を見る。

 何を話しているのだろうか、少年は少し楽しそうに見えた。

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