第557話 さぞや...と、老人は言う ⑥

 コルテス公は、何を考えている?

 飢饉ききんでは無い?

 だが領地端とはいえ、民を飢えさせ放棄地とするなど、まったくもって無駄で無意味だ。

 罪人でさえ働かせるものだ。

 それを死ぬ程搾り取り打ち捨てる?

 羊飼いが羊を飢えさせ死なせるようなものだ。

 つまり、金持ちで古くから支配を置く公爵のやり方ではない。

 ゆっくりと歩き抜けながら、貧しさの極まった村を眺める。

 戸数は思ったよりも多く、往時はそれなりの大きさと賑やかさを保っていたようだ。

 我々が何もせずに通り抜けるのがわかったのか、戸口が薄く開き、窓窓からは人の目が覗く。

 私一人だったなら、怖くなっていただろう。

 そうして村の奥端、又も森へと踏み入る。


「もうし、そこなお方々、お声がけ、ご無礼いたします」


 その時。

 我々を呼び止める声がかかった。

 か細い、老いた男の声。


「もうし、もうし、皆様方、どうか」


 振り返ると、そこには老いた男が一人いた。

 身なりは粗末ながらも清潔で、表情も緊張はしているが敵意は見えない。

 人族の老人だ。


「お声掛けして申し訳ございませんが、どうか何があったかお教え願えませんでしょうか?」


 力なく、息が漏れるような老人の問いかけに、殿のザムが答えた。


「そこの墓所にて、コルテスの方々が倒れていた。

 俺たちは、彼らを公爵配下の者がいるならと、届けに参るところだ。」


「なんと、なんとそうでございましたか」


 そこで彼は暫し考え込んでから、私達に言った。


「奥方様は、さぞや...お悲しみでありましょうなぁ」


 奥方様?


「もちろん、ニコル様ですよ。

 お優しい奥方様は、コルテスの民の為に生きて亡くなられた。

 ところが、この有様。」


 カーンは、老人の方へと振り向いた。


「今、何と?」


 すると老人は慌てて、顔の前で手を振った。


「否何、年寄の戯言でございますよ。

 領主様のお屋敷が、この道の先に2つございます。

 どちらに向かわれるおつもりか?」


 どうやら、この辺りには、館が2つあるようだ。


「どちらが、この者達を運ぶに相応しい?」

「死んでいるのですか?」

「死んではいない。此奴らの名などは聞き知っているか?」

「いえ、我々のような下々と、関わりのあるような方々ではございません」


 と、老人は蔦に絡まれた異様な姿に目を細めた。

 そこには蔦の異様さも、墓守たちへの憐憫も、欠片も見受けられなかった。

 不可解だ。

 だが、ある意味、打ち捨てられた村に暮らす者達だ。

 コルテスの墓守と称する男達の無惨な姿など、どうでもいいのかもしれない。

 むしろ、彼らの末路は当然と思っていそうだ。

 それに下々と己を称しているが、多分、この老人は村長だ。

 当然、墓守達を知っていよう。


「そうですな、岸辺の館ではなく。

 この先にある森の館が宜しかろうと思います。」


 彼らからの働きかけだ。

 こちらから話を持ちかけたのではない。

 これで何らかの罰が彼らに下されても、こちらに非はない。

 それにたぶん彼らにとっても、放っておく事ができないのだろう。

 何しろ自称とはいえコルテスの墓守である。

 ならばと、カーンがザムに頷く。


「そうか、誰か道案内を頼めるか?

 金をはずむぞ」


 ザムの言葉に老人は逡巡した。


「まぁ、まだ陽も高い。帰ってこれるか..」


 老人は家の一つに声をかけた。

 中から、痩せた少年が恐る恐る出てくる。

 不揃いに切られた頭髪は、吹き散れて乱れている。

 そばかすの散った鼻梁に垂れた眦、愛嬌のある風貌だ。

 怖がっているが、兵士達に向けて少し笑みらしきものを浮かべた。


「不死鳥館に案内だ。お前は足も早い、日暮れまでには戻れるだろう」


 そうして老人と少年は、何事かボソボソとやり取りを交わす。

 内容は聞こえない。

 前金でザムから金を受け取ると、少年は先にたって歩き出した。


「不死鳥館だ。睡蓮すいれんの館は冬は閉まっているのを忘れるんじゃないぞ」


 老人の声掛けに、少年は肩をすくめた。

 それでも振り返って手を振る。

 それに釣られるように、私も振り返る。

 その姿が見えなくなるまで、老人は動かなかった。

 ひとり立ち尽くすその姿に、私は不安が増した。

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