第556話 さぞや...と、老人は言う ⑤
墓守たちを馬の背に置き、振り落とされないようにと
彼らを先に、私とカーンを囲むように残りの兵が固める。
殿はザムで、森に入ると彼は得物を手斧に変えた。
視界が悪く、山猫が好む場所だからだろう。
皆、表情が険しい。
荷物となった墓守達の姿は、遠目には拘束を受けているように見える。
何れにしろ油断が許されない状況だ。
静かに夜が去っていく。
陽射しは薄く頼りないが、それでも踏み出す森から夜が抜けていく。
生い茂る木々に、羊歯や苔が足もとを覆う。
湿気と森特有の濃い匂い。
ここにきて漸く鳥の声が聞こえた。
「コルテスの集落は近いのですか?」
「オンタリオ湖から更に北上すると、公爵の避暑地と狩猟場がある。
この森のとば口に、その狩り場を守る村があるはずだ。」
暫く歩き進めると、腐れたり倒れた木々が目立つようになった。
「狩り場にしては、荒れていますね」
「確かにな」
貴族が狩り場にするような森は、人の手が入っている筈だ。
その為に周辺に世話をする村を置いているのだ。
だが、踏み込んだばかりだと言うのに、間引きもされずに腐っている場所が目についた。
それは枝おろしがされていない証拠である。
頭上から何時、枝や折れた木が落ちてくるかわからない。
これでは安心して狩りもできないだろう。
「今の頭領が狩りには、熱心では無いのかもな」
「そういうものなのですか?」
「いや、言っておいてなんだが。
貴族にとって狩り場は接待場だ。
好き嫌いで荒れ果てさせるのは、まぁ野暮な田舎貴族と言われかねない。
もちろん領地に狩り場を設けられない所も多いが、金主のコルテスではありえない。」
「やはり、おかしいのですね」
「森番の村の樵が、木々を切り出し手入れをする。
それが村の収入にもなるし、狩猟時期には接待によって村も栄える。
村が残っていればいいがな」
近くの村が小さいのだろうか。
そんな会話の後は、黙々と小道を進む。
雑草が生い茂り、あまり人の行き来が無いのが伺える。
墓守の行き来は、頻繁ではなかったのか?
それから陽が高さを増す頃、道が再び顔を出した。
漸く人の気配だ。
「家畜がいない」
ザムの呟きを耳が拾う。
当たってほしくない予想通りの眺めだ。
森の切れ目に広がるのは、廃村に近いうらぶれた村だ。
どう見ても貧困を絵に描いたような有様である。
家々の囲いには家畜の姿は無く、畑らしき荒れ果てた場所も見えた。
家も囲いも風雨に晒され、補修もままならず倒壊しそうだ。
そんな景色を認め、一行は歩みを止めた。
「コルテス家は、飢饉か何かが」
「否」
すかさずのカーンの否定。
兵士たちの様子を見て、私も口をつぐんだ。
緊張のまま、静かに一行は村に踏みいった。
囲いらしき朽ちた杭は折れひしゃげ、廃村に見える。
だが、家々からは、無数の視線を感じた。
「話を聞きますか?」
ミアの問いに、カーンは暫し考え込んだ。
「確かコルテスの館があるはずだ。そっちには公爵の使用人がいるだろう。」
「じゃぁ誰か置いていきますか?」
「村囲いさえ無い。悶着の種になる」
どういう意味なんだろう?
「何があったにせよ、この村の人間と俺たちが接触すると、ここの人間は罰を受けるだろう」
ゆっくりと村を抜ける。
「コルテスの放棄地、見捨てた村ですね。
そこに我々が手を出す、交流をもったと知られれば、彼らは逃亡した、中央へ身売りしたと責められるでしょう。」
ミアが囁き声で教えてくれる。
「そんな」
「放棄地とは税を取らない代わりに、援助も受けられません。
だからと棄民として自由になった、貧しいからと税を収めないで済むという話ではありません。
人別はコルテスのままでしょう。
この村だった場所から逃げれば、罪人や奴隷になってしまいます。」
「まぁコルテスに、そんな貧しい場所があるのがオカシイんだがな」
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