第559話 忠言は届かず ②

 手入れの行き届いた森は美しいものだ。

 もちろん、ありのままの自然も美しい。

 ただし、一度でも人の手が入ると、ありのままの美しさは失われる。

 人が動けば、森は荒れるのだ。

 だからこそ、手を入れ健やかな自然の循環を促すようにしなければならない。

 そこから元の全き自然の有様に戻すには、人が生き死ぬ時間よりも長くかかる。

 このコルテスの森は、その過渡期にある。

 人の手が入った美しさが失われ、腐り荒廃を晒す。

 愚かにも人が食い荒らした場所を戻そうと、人を拒む不気味な姿になっていた。

 それは奥に向かうほどに顕著だ。

 鴉どもが鳴き、緑よりも枯れた灌木が倒れ伏す。

 道を逸れれば光さえ届かぬようで、木立の奥は闇だ。

 なるほど、村人が家の外へと中々出ぬ訳である。

 これで野犬が潜んでいるとなれば、よほどの健脚、足の早い者でなければ不安だろう。

 そんな事を考えていると、先頭の少年が幾度かこちらを振り見てくる。

 抱えられた私が珍しいのだろうか。

 そんな事を思っていると、何やら傍らの兵士の袖をひく。

 袖を引かれた兵士が耳を寄せた。

 暫くそうして、少年から話を聞いていた兵士が、何とも言い難い表情を浮かべた。

 どうしたのだろうと見ていると、その兵士がこちらに下がって来た。


「何だ?」


 本来なら、上官からの問いには明確に答えなければならない。

 だが、その兵士は逡巡し、言葉を探しているようだった。


「子供の言った通りでいい。判断はこちらでする」


 カーンが言うと、漸く兵士が口をひらいた。


「巫女さんの事です。その、館に行くのは大丈夫なのかと」


 わからない話に、私とカーンは顔を見合わせた。


「子供が言うには、コルテスの誰かと間違えているようで。

 そのお嬢様がと聞いてきたんです。」

「コルテス家の娘か何かか?」

「それが、コルテス家の娘は、皆、そうで。

 だから、ようやく一人は帰ってきたのに。

 宴の館に行くのは大丈夫かと。」

「ミア」

「隊列、止まれ。子供をここへ」


 続けてミアは、小休止の指示を出した。


 ***


「少し休んでも、大丈夫だ。

 帰りには兵士を一人つける。

 獣人の男は野犬には負けぬ。

 負けぬし、野犬も獣人の男を嫌う。

 それに犬を殺しても咎められるのは俺たちだ。」


 ざわつく森の中で歩みを止め、兵士達は警戒しつつ休む。

 目の前には、頭を下げる少年だ。


「何も怒ってんじゃねぇんだよ。

 ちょっとばかり話がしたいんだ。

 さっきの奴も、見た目より怖くなかったろ?」


 それに少年が顔をあげる。

 不安そうだが、カーンの言葉にほんのりと笑みを浮かべた。

 やはり、獣人そのものに忌避感や恐れは見えない。

 それよりも森の奥が気になるようだ。


「さっき、兵士に言った事を教えてくれるか?」


 すると、少年は不思議そうに私を見た。


「私が誰かに似ているとか?」


 話しかけると、少年の笑みが深くなる。


「夏にいらっしゃる方かと思いました。」


 きれいな共通語が返ってきた。

 訛の無い、教育と訓練を施された話し方だ。


「夏に?」


「はい、宗主御一族のお嬢様方かと。

 奥方様がお元気だった頃は、毎年の事でした」

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