第560話 忠言は届かず ③

 知らず、皆、少年の言葉に聞き入る。


「宗主様(コルテス公爵の意)の館は2つ、今、向かっているのは不死鳥館。

 夏の宴をする館です」

「以前は、コルテスの娘様方が?」

「お嬢様は違うのですね」


 少年は残念そうに眉を下げた。

 それから思い出すように続ける。


「奥方様の睡蓮の館は、ここから更に北西の水源地にあります。

 夏になると一族のお嬢様方が集い、水遊びを楽しまれます。

 他の方々は、森で狩りを楽しまれ、今から向かう不死鳥館で宴を開かれるのです。

 私達の村は、狩りと宴のお手伝いをし、季節が変われば狩り場と水場の手入れをしていました。」


「ちゃんと言葉も教えられていたんだな」


 カーンの言葉に少年は恥ずかしそうに唇を少し上げた。


「私達は外の方々の接待役でした。

 狩り場を案内したり、お手伝いをするのも仕事です。

 私はまだ、勉強の途中でした。」


「今は、違うのか?」


「狩猟も宴も、何もかもなくなりました。

 ここ数年、お嬢様方のお姿も見ていません。

 お嫁さまになったのか、私達にはわかりません。

 奥方様がお亡くなりになって、すべてが変わってしまいました。」


「野犬は、猟犬が逃げたのか?」


 カーンの問いに、少年は表情を暗くした。


「わからないんです」


「何がだ?」


「ここ数年の間に、全てが変わりました。」


 そういうと彼は、馬上の墓守達を見上げた。

 彼も村長むらおさと同じく、恐れも憐れみも無く、むしろ何も不思議はないという視線だ。


「昔は、違いました。」


「何が違うんだ?」


 重ねての問いに少年は言い渋ったが、我慢ならない事が多かったのだろう。

 異種族である相手だからこそなのか、小声で答えた。


「以前、宗主様の使者は、別の方でした。」


「使者とは」


「その馬の人達ではありません。

 奥方様の騎士だった方です。

 礼儀正しく、私達にもお優しい方でした。

 暮らし向きのことも気にかけてくださっていた。

 宗主様も信頼をおかれた立派なお方です。

 でも、一族様方の来訪が途絶え、この人達が来るようになって。

 嫌な事ばかりになりました。」


「嫌なこと?」


 私の問いに、少年は少し泣きそうな顔になった。


「村の皆も、宗主様のお顔を何年も見ていません。」


「公爵と面識があるのか?」


「私達の村は、氏族末端ではありますが。宗主様の流れにあるのです」


 カーンへの答えに、私達は、あぁそうかと納得する。

 飢え痩せているが、この少年も長命種の流れにいる。

 だから、飢餓でもこうして動けているのだ。

 それに今は棄民に近い暮らしとはいえ、それまで高い教育を受けていたのは、彼らがコルテス公の氏族に連なる者だからだ。


「森に入る事を禁じられました。

 家畜を売って、売り払える物は全て売りました。

 森の縁で必要な木を伐り、狩猟をして食いつなぐ暮らしです。

 でも、誰が犬舎を壊したのか、世話もされなかった犬達が森で群れを作るようになって。

 森は荒れ果て、浅い場所にも近寄れません。

 なにより毎年、こちらに来ていた宗主様の音沙汰も途絶えてしましました。

 子供は、女の子は、皆、売られました。

 村にいるより、いいから」


「売られたほうがいいの?」


 残酷な問いに、少年は真剣な顔で頷いた。


「森に立ち入る事を禁止された時。

 この辺りの村から、宴の館に女の子が集められたんです。

 もうすぐ成人する子たちです。」


 不穏な話の流れを感じ、私はカーンを見る。

 どう考えても楽しい話にはならない。


「殺されたのか?」


 カーンの断定に近い言葉には答えず、少年は小声で続けた。


「お嬢様はお帰りになった方がいいと思います。

 引き返しましょう。

 きっとそれがいいと思うのです。

 お金もお返しいたします。

 爺様達も、きっと許してくれるでしょう」

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