第561話 忠言は届かず ④

「大丈夫だ。何があっても俺たちなら、対処できる。

 野犬だろうが相手が兵隊だろうが、俺たちが負けるように見えるか?

 それに此奴らを放り出せば、お前らに咎め立てが行くかもしれない。」


 それに少年は頭を振った。


「いつも通り、館にて宴の手伝いだと思っていました。

 でも、行ったきり、誰も音沙汰がなくなるのです。

 館から日々行き来できる距離です。

 なのに一旦、館に入ると誰も帰ってこないのです。

 彼らに問えば、病気で死んだ。

 館から逃げた。

 泊まり込みの仕事など滅多にないというのに、誰も戻ってこない。

 病で死んだのなら、遺体、遺品があるはずです。

 なのに手荷物一つ戻ってこない。

 訳を知りたがった者が訪えば、その者も帰ってこない。」


 少年は再び森に目を向けると、悲しげに続けた。


「理不尽な要求は年に数度。

 けれど、こちらもそんな多くの女手がある訳もありません。

 娘が帰らず、母親が帰らず、さらに女であればと、最後は赤子まで寄越せと。

 どう考えても、宗主様の命令とは思えません。

 ですが、このあたりの集落すべてが同じ命を受けました。

 差配のお役人は、逆らえば容赦なく囚え罪人として裁くのです」


「だから、先に売るのだな」


「最近は、税を免除するので女を寄越せと。

 いずれ私のような男でも子供ならば寄越せと言われるのではと、爺様達は憂いています」


「難民として逃げる事は」


「目立つ行いは避けてきました。

 村に残る者が逃げれば、売られた者さえ追手がかかるでしょう。

 沈黙するしかないと。

 兵士の集団ならば帰れるだろうと。

 爺様も皆も、私も、でも。

 でも黙って館にお嬢様を行かせるのは、いけない。

 奥方様がいらっしゃったら。

 そんな事は駄目だと、そう」


「ニコル姫様ですか?」


「昔はよかったと皆思っています。

 宗主様と奥方様、一族皆様で夏をお過ごしになられた。

 皆、飢える事もなかった。

 村の皆が散り散りになるとは思ってもいなかった。

 こんな暮らしになるとは、誰も思っていませんでした。

 もう、村には婆様達しか残っていません。

 皆、笑い話にしています。

 婆様はいらぬと断られたが、最後は渋々引き取りに来るのかと。

 婆様達も冥土の土産に地獄を見て回ろう。

 いなくなった家族を館で探そうと言っています。」


 カーンは急に首をぐるりと回した。

 不愉快な話に、形相が変わっている。

 それは周りの兵士も同じだ。

 大方の者が同じ見解に達したからだ。

 行方知れずの者がどうなったのか?

 これから目にするだろうことは、きっと不愉快な結末になるだろう。


「館には誰がいる?」


「私にはわかりません。

 以前の使用人の方達は、とうの昔に見えなくなっています。

 出入りしている人達は、この人達を含めても、それほど多くはありません。

 お嬢様、お嬢様は館に行かず、お付きの人と村で待つ事はできませんか?」


「館の者を村に呼べるのか?」


「それは、無理です。お嬢様だけ引き返して待ってもらうと言う意味です。」


「何故だ?」


「今、館がどうなっているのかわかりません。

 ですが、館を自由に出入りしているのは、この人たちでした。

 他は館から出てくるのを見たことがありません。

 ただ、時々、幌馬車にて荷物と人が入ります。」


「見たのか?」


「男ばかり何人もが館の改装をしていると聞きました。」


「改装?」


 カーンの呆れた声に、少年は肩を竦めた。

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