第562話 忠言は届かず ⑤

「ありがとう」


 長命種の子ならば、見た目より心は大人なのだろう。

 けれど少し長い幼年期を過ごすとはいえ、心が耐えられる出来事ではない。

 それでもこうして理性を持ち、他者を思いやる心を残している。

 素晴らしい事であり、むごい話だ。


「ありがとう。ならばこそ私達、外の者がコルテスの方に会わねばなりません。

 そして少しでも、貴方方の受けた苦しみの理由を知らねばならぬのです。

 違いますか、旦那?」


「ありがとよ、坊主。

 忠告は聞いた。

 これからは俺たち自身の責任だ。

 お前は十分、心を尽くした。

 後は、俺たちが選ぶ話だ。

 さぁ、少し足を早めて案内してくれ。

 大丈夫だ、悪いようにはならん。

 俺たちが戻らねば、アッシュガルドから人が来る。

 何が起きたとしても、お前たちが前に兵隊が来る。

 俺たちが行方知れずのままならば、多くの外の奴らが来る。

 わかるか?

 お前の案内は、に手を貸す事にはならない。

 大丈夫だ。」


 そうして小休止の後、再び歩き出す。

 傍らの男の思考に、私は思わず苦笑いをした。

 前を歩く少年の背を見つつ、そんなカーンの流れ込む思考に釘をさす。


「戻らないよ、旦那」


 同化して以来、うっすらと相手の考えが流れ込む。

 きっとカーンにも、私の考えが流れている。

 証拠に男は低く唸った。

 まったくもって強情だと呆れているのだろう。


 より身近にいるようになって、知ったことがある。

 苛立つと犬歯が唇に引っかかり、一見すると笑っているように見えるとか。

 だから不自然な笑いが浮かんだら、それは怒りなのだとか。

 自然な笑顔も見た。

 だから、今では区別ができる。

 カーンの笑顔、怒り。

 そんな彼の怒りを、私は少し不安に思う。


 笑顔で怒るといえばサーレルだが。

 そのサーレルの侮蔑を含んだ笑いと男の笑いは、中身が違う。

 人当たりの良いあの男、実は人間嫌いだろうし。


 カーンの怒りの底に淀む、狂った何か。

 煮え立つような怒りに混じる、狂った感情。

 喜び、残酷な何か、混沌とした色。

 卑小な気持ちならば、怒りは恐怖が元だ。

 けれど、彼の中にある怒り苛立ちは違う。

 暗く深く根深い思い。

 常に彼の側にある怒り。

 彼のその怒りの意味を、私では拾えない。

 けれど、近頃思う。

 小さな私がいつも怯えているように。

 カーンの側にいつもあるもの。

 ただ、思う。


 その狂った心の揺れで、進む道を決めてほしくないなぁと。

 図太くふてぶてしく、生き残って欲しいなぁとか。

 私には言われたくないだろう。

 でも何となく、カーンは、自分の利益を手放しそうな気がした。

 多分、否定するだろう。

 けど最後の最後、まったく損な選択をしそうな気がした。


 私達は似ていると知ってしまったから。


 とても失礼な考えだ、けれど。

 破滅に向かうような感情は、心の奥底に飼うだけにして欲しい。

 と、身勝手な事を思うのだ。

 カーンの怒りの元が、悲しみであると何処かで思っているから。


 まぁそれも、大きなお世話かな。

 きっと私とは違って、迷うことも無い大人だ。

 きっと大丈夫。

 私がいなくても大丈夫。

 いなくなっても。


 そんな事を考えていると、漸く建物が見えた。

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