第287話 幕間 砂の王国

 審判官のいる軍事施設は、どちらかというと役所と同じく文官よりの者が多い。

 特に首都中央の王国統合軍審判施設は、なよなよとした者ばかりだ。

 扱う仕事内容を考えれば、もう少し溝の臭いに動じない者を揃えた方が良いと思うのだが。

 と、暇を持て余したカーンは、どうでも良い事を考えていた。

 仲間と共に、中央の審判所を訪れて半日以上経過していた。

 放置ともいう。

 首を渡してから、訳のわからない書類を押し付けられると、簡素な部屋に押し込められた。

 どうやら、受付の見通しの良い階下では不都合らしい。

 自分たちを目にすると、動揺して仕事にならない軟弱者がいるそうだ。

 それに糞が。と、自然に悪態をつき。

 別段、仕事じゃなければ面倒な殺しはしないのにな。

 と、軟弱者の訴えに目前でぼやいたら、この放置となった。

 仲間は爆笑だ。

 仲間内だとこの男が、存外、まっとうな事も真っ当じゃない事も、面倒くさがっている事を知っている。

 面倒くさがりで何も考えていない。

 沸点も低く鷹揚だ。

 外見を裏切り、実に鷹揚なのである。

 繰り返して主張したいが、誰も信じてくれない。

 カーンと仲間内の認識は、だいぶ世間と食い違っていた。

 お茶の一杯も出さず、全員を足止めして部屋に押し込めるのは、もしかしたら舐められているのかもしれない。

 と、カーンが又、ぼやく。

 それにオービスがなだめる言葉を吐いた。

 仲間内なので地元の言葉だ。

 だから、素早く滑らかな口調で言った。


「誰がお茶を持っていくかで、揉めているんだ。さっき怖がって給仕の娘が泣いておった。どこぞの育ちの良さそうな貴族の娘であったな。

 まぁこんな儂らのような髭面じゃぁ怖かろうよ」

「こんな場所で貴族の娘を働かせるほうがおかしいだろう」


 相方のスヴェンが、その髭を擦りながら突っ込む。


「本来、この施設の人員の殆どが警備以外は、貴族か高等教育を受けた者達だ。別段、貴族の娘が働いていてもおかしくはない。

 きっと接待用においておるんだろう。

 まぁ儂等になら、警備の誰かでもよこせばいい話なんだが、カーンがな。」


 あぁこいつ、貴族だった。

 と、今更仲間達が目配せを交わした。


「けっ、爵位なんぞ何の役にもたたねぇし、面倒なだけじゃねぇか。おかげで兵糧攻めだ」


 と、だらけた格好で椅子に腰掛けている本人は、教養もおさめているし財産もある大貴族である。

 その辺の貧乏な名ばかりの法衣貴族が聞いたら、悪質な冗談だと思うだろう。

 だが、その南領の大貴族の一人は、今まさに兵糧攻めにあっている。

 それでもおとなしくしているのは、ここが審判所という魔窟だからだ。

 お育ちの良い貴族の寄合所ではない。

 ここの職員の多くは、真っ当で脆弱な人族の貴族連中だ。

 そしてそんな羊の群れの中には、狼ではなく化け物がいる。

 審判官という、化け物がいるのだ。

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