第462話 挿話 夜の遁走曲(下)③

 ここでエンリケは拘束具を獣人専用の物に替えた。

 肉体の再生速度が獣人並となれば、通常の拘束具では引き千切られる可能性がある。

 見張りを残すと、モルダレオとエンリケは部屋を移動した。


「嫌な予感がする」

「多分、俺もだ兄弟。

 医者が来次第、解剖にかかったほうが良い。

 なまじ供述などをとるよりも、情報が得られるだろう。

 それより追跡の方はどうなった。」

「まだだ、どちらに流れるか見届けてからになるだろう。まぁ多分、関所の町だろうが」

「で、どうする兄弟?」


 いつもの呼びかけに、モルダレオは肩をすくめてみせる。

 彼らは軍の中では同輩だが、部族ではモルダレオが長の一族でエンリケは仕える立場だ。

 そしてモルダレオの乳母やがエンリケの実母である。

 さらに言えば族長となるべきモルダレオの補佐にエンリケが着いたのも、二人の守護精霊が同じだったからだ。

 つまり、星回りなどの部族の占いによれば、魂の兄弟と定められていた。

 まぁ幸いにも二人共、仲は良好。歳は離れていたが、兄弟とは言葉通りの意味だ。

 それに地獄の日々を、お互い支え合い生き抜いた。

 信頼関係は本当の兄弟よりもある。

 今更口に出す事ではないが。


「俺の想定は間違っていた。

 小賢しい悪事か、領主どもの反乱かとな。

 お前の意見はどうだ?」

「本来の東とは、大分、状況が違っている。前提条件もだ。

 奴らが置かれたのは、ここの不安定さが見せ掛けであったからだ。」

「悪い兆しだ」

「渡された前提条件、情報が全く役にたたない。

 つまり、そうとう以前から何かあったはずだ」

「今日昨日の事ではないな」

「原因が判明するまでは、上に戻らぬほうがよいと考える。

 街に潜ませた者も、モンデリーに留め置こう。

 それから上の連中も暫く下に来ぬように禁足をかけるべきだ。」

「上も洗わねばな」

「確かに」


 こうしてお互いに会話を交わしていると、一人頭の中の考えのような気になる。

 違う女の腹から生まれ歳まで違うというのに、お互いの思考と会話が繋がっていた。

 だが、有り難いことに女と酒の趣味だけは違っているが。

 そんな皮肉をエンリケが考えた時、不意にモルダレオが顔を顰めた。


「どうした?」

「マズいぞ」

「何がだ兄弟」

「例の娘が下に来る。巫女頭もだ」

「昼間、領土兵が屯する場所を避ければ良いし、変異者は夜に出歩いているようだ。モンデリーの奴らに伝えおこう」


 言わずとも、誰を指しての話なのかはわかっていた。

 呪われた娘、カーンが守ると言った娘だ。


「卑怯者に、あの娘を預けているのが不安要素だ」

「表立っては何もすまい。ニルダヌス・バーレイは狡猾な男だ」

「なぜ、生かしておくのか」

「処刑せぬ理由があるのだろう。それにカーンは、ニルダヌスなぞどうでもいいはずだ」


 エンリケの答えに、モルダレオは鼻で嗤った。


「そうだな、我らが王は何も思わぬだろう。

 むしろ憐れんでさえいるやもしれん。

 だが、俺は許さぬ。

 我が子を殺されて、誰が忘れるものか、それに」


 モルダレオは、やりきれぬ思いに、つい漏らしていた。


お前エンリケだとて、あの女と甥御を失ったではないか」

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