第463話 挿話 夜の遁走曲(下)④

 それにエンリケは唇を引き上げた。

 凍りつくような微笑みを見て、モルダレオは己の失言を悟った。


「俺の事情は知っていよう、兄弟。

 疫病でアレとは死んだが、それは俺の不徳もある。

 何が元であっても、結局、俺自身が間に合わず失ったのだ。

 非は自分にこそある。

 兄弟の苦しさを減らす事ができぬ事も、俺の不徳よ。

 だがな、カーンがあの男に対して何も思わぬのは、真実興味がないからだ。

 欠片もだ。

 彼にとってバーレイは小石ほどの価値も意味もないのだ。

 何故なら、誰かの所為と思っているようでは、何も活かせぬからだ。

 憎むなとは言わぬ。

 俺も憎い。

 ただ、バーレイではない。

 憎いのは、ロッドベイン一党と自分自身だ。

 もちろん、許せなどと言う気はないぞ。

 お前の息子は、俺にとっても大切な部族の光りであった。

 俺達のすべて希望が灰になった。

 それに対しても、己の無力を恥じているぞ。」

「失言だった、すまぬ。兄弟」

「謝るな、バーレイが無実だとは、俺だって欠片も信じていないさ」


 ニルダヌス・バーレイは、第八軍団第一師団所属の師団筆頭百人隊長の座を失っている。

 第一の一の一に所属するのが、王都中央詰めの人族部隊であり、公王の側に置かれる師団だ。

 そして第八の一の一は逆に、南領獣王家の側に置かれる獣人部隊である。

 近衛とは別に中央軍から配置される貴人警護が仕事であり、その一の一での筆頭百人とは武力自慢の者がなる。

 武威と人品を誇るというのだろうか。

 いわば軍団一の剣の使い手や武術を誇る者であり、全体の武力向上に務める教師役でもあった。

 本来、誉と尊敬を集めるニルダヌスであったが、義理の息子であるジョルジュ・ロッドベインによる南領南部地域での反乱によって失職。

 反乱と言っても当時、ニルダヌスは義理の息子の行いに関しては無関係とされている。

 しかし結果が重大すぎた為、無罪放免とはならなかった。

 また、その後の娘と孫の助命嘆願の為に、すべてを差し出す結果となる。

 彼の持ちうるすべてを差し出してだ。

 謀反、反乱、権利の奪い合い。

 南の荒れた地方領にはよくある事だ。

 ジョルジュ・ロッドベインも扇動が成功し、罪深い支配者を追い出して席に座って終わるなら、その首も胴体から離れることはなかっただろう。

 地方領主の監督官を追い出し、正義面をして後任に収まる程度でわきまえていれば良かったのだ。

 だが結果は、南領南部どころか南全体の人口分布が変わる結果となった。

 反乱で死んだ者も多くいたが、人口分布と支配地図を変えた原因は他にある。

 始まりはロッドベインの反乱であり、続いて凶悪な疫病が発生したのだ。

 病だ。

 皆、愚かだったのだ。


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