第461話 挿話 夜の遁走曲(下)②
目新しい拷問器具は無い。
エンリケは道具が包まれていた布をほどきながら暫し考える。
残念だが、昔ながらの手指を締め付ける拷問具に針と裁ち鋏を使うしかない。
腹を切り裂き内臓や脳を調べるには、人が揃っていないのもある。
それにエンリケにしてみれば、人の苦しむ様に喜びを得ている訳では無い。
効率的な尋問や供述を得たいが為の技術であり、医学的な疑問点を解明するための手段だ。
決して拷問を楽しいと感じる異常者のつもりはない。
傍から見れば、淡々と冗談を言いつつ生きたまま人体解剖をする姿は狂人に見えてもだ。
それに多かれ少なかれ、彼の前に置かれる被検体の多くは、情けをかける必要がない者ばかりだ。
今回は罪状認否が未だ疎かであるし、被害者の可能性も考慮している。
まぁ結局やることはかわらないが。
そんな拷問準備をしている部屋の隅では、モルダレオが提出する書類を作成していた。
頭がおかしい男達と思われているが、彼らの仕事も結局は書類仕事に始まりこれに終わる。
ただただ武器を振り回す猛獣に思われがちだが、彼らにしてみれば、そんな楽な話はない。
出来事を時系列にまとめ、具体的な場所や状況を簡潔にまとめる。
提出するのは統括の方なので、簡易な経費申請書もついでに添えておく。統括から手間を省いて速やかな費用補填が取り図られるからだ。
そして今回も油薬火薬の配布増量を願い出ておく。
先に知らせておけば、後から使用量が増えても会計局からの問い合わせに手心が加わるのは経験済みだ。
特にカーンの名前で出せば、一応の配慮も得られた。
ともかく焼却処分するべき塵どもの担当がカーンだからだ。
そんな書類仕事をしていると、エンリケに呼ばれる。
「どうした?」
「一応、他の者が来る前に伝えておこうかとな。
まず、極端な抑制が見られる。
ここで有るべき反応は、怒り、恐怖、自制であれ、このような無反応は異常だ。
拷問後だからではない。
ぬるい脅し程度で最初から強固な自閉がおきるとは考えにくい。」
既に指は潰されている。
確かに悲鳴は聞いていない。と、モルダレオも頷いた。
瞳孔の反射を見ながらエンリケは更に続けた。
「一般人上がりの人族の兵隊で拷問耐性があるとも思えない。
生理的反射も鈍いし、薬物使用も確かに疑われる。
が、腹の中にあの蟲がいるようならば、本格的に外科的な解剖が必要だろう。
蟲の標本も欲しい。
体液が酸状なのか、毒線のような部分が口蓋にあるのかは不明。
血液等も普通ではないだろうから、採取に適した部屋が用意できないか検討が必要だ。
この被験体を解剖したとしても干乾びるようなら、もっと生の収穫物が必要になる」
器具を締め付ける螺子を回しながらの問いに、モルダレオはしばし考える。
「追跡の者が帰り次第、補填可能か聞こう。
それで蟲が腹から出てきそうか?」
「これも解剖してみなければ断定できないが、少し思いついた事がある」
「想像でいい、話せ」
「種類があるのではないかと考えている」
「種類?」
「根拠はない。
ただ、気になる事がある。
その気になる事が立証できれば、一応の説明がつくだろう。」
「変異のしかたに種類があると?」
「変異者とひとくくりにしたが、違いがあるのやもしれない」
「薬か?」
「わからない。否定もできないが、問題はこれだ」
潰した指を見る。
モルダレオが見守る内に、その破損部が修復されていく。
「再生能力か」
エンリケは再び拷問具に指を押し込むと嗤いを浮かべた。
「いろいろ面白い想像ができそうだろう?」
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