第460話 挿話 夜の遁走曲(下)①

 何れにしても早急に調べ、想定できる事柄すべてを明らかにせねばならない。

 そして最悪の想定を前提に行動する。

 モルダレオとエンリケ、それに部下の憲兵達は、医者らの見解が揃うまで、この地下道から出ない事にした。

 仮定だが、薬以外の要因ならば接触者を減らさねばならない。

 何者かの意図による攻撃ならばよいのだ。

 何者かの意図から外れ、制御できない出来事だったという結末が怖いのだ。

 殺し合いは恐れぬが、人が制御できない事柄は、彼らにとっても恐ろしいのだ。

 故に追跡に回った者達も城塞や街には入らずに、この地下道へと帰る。

 その事も伝書に記した。

 懸念は共有すべき重大なものだと判断したからだ。

 程なく、返書が届く。

 全て許可され受理が得られたとある。

 もちろん城塞にて情報操作をしているサーレルの手配だ。

 あの男が居座る限り、一切の行動許諾、書類申請が第八経由にはなら無い。

 城塞の情報伝達部は元老院の犬ども、それも南領南部貴族派の密偵が占拠している状態だ。

 因みにカーザとその配下は、南領東部貴族派の苦労知らずの子弟が占めている。今ではその援助も滞っているので、サーレルにしてみれば鼻歌交じりで楽しく泳いでいるだろう。

 もちろん、これもまた本来許されるべき事ではない。

 だが愚かな者に従う必要は、元から無い。

 返書の内容を確認したモルダレオは、エンリケの意見を一先ず聞くために戻る事にした。


 ***


 反応は極めて鈍い。

 男の持ち物を調べても、特に身元を明らかにするような所持品は無い。

 財布の中身も金だけだ。

 かろうじて、その青い帯が領土兵であると主張している。

 その本人は、息をしているが何も語らずである。

 もとより尋問は最後だ。

 言葉よりもその肉体の解剖をして、何が起きているのかを調べたい。

 しかしそれも、モンデリーが医者たちを連れてきた後だ。

 先程の事柄を考えれば、体が変異しつつあり、それによって人としての反応や行動、外見が失われつつあるのではないかと想像できた。

 なによりも外見の変化よりも、精神面の変化が著しいようだ。

 一連の出来事を振り返れば、仮死状態か死に近しい状態に置かれた可能性が高い。

 それによる脳の損傷も考えられる。

 既に被検体は覚醒している。

 だが、拷問器具に四肢と指をそれぞれ固定されても、激しい反応が無いのもそれが原因だろうか。

 最後に顔面の拘束具を被せる。

 やはり抵抗が無い。


 せっかくの海辺だと言うのに魚も食べたくなくなったな。


 と、偏食気味の男がくだらない事を考えていると相方のモルダレオが戻ってきた。


「第八の軍医と城塞医官、それに城塞街の医者を招聘した。

 共通見解をまとめ、中央への提出記録の作成をしろ。

 それから彼らが到着し解剖が済むまでは、手をつけるなよ。

 手をつけるとしても基礎的な検査だけにしておけ。

 殺して干物にするなよ、兄弟」

「了解。

 それにしても魚みたいな面だ。

 さっきのは腸詰めに似ているし、蟲は干した種に似ていた。

 俺は何をつまみに飲めばいいんだ。せっかくの海辺で干し肉か?」

「塩があればよかろう」

「塩か」

「東は柑橘類も豊富だ。そう腐るな兄弟」

「南と違って小ぶりの奴だったな、あれはいいな。酒を割るか」


 慰められエンリケは気を取り直すと、拷問用の器具を台に広げた。

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