第459話 挿話 夜の遁走曲(中)⑥
消化不良のモルダレオ達だったが、一応の目的は果たした。
そのまま城塞には向かわずに、遠回りをしてアッシュガルトの浜に向かう。
モンデリー商会の裏手にある数件の長屋が、今の彼らの塒である。
見た目は潮風に吹きさらされた貧しい木の長屋である。
元は漁師小屋だったが、商会が灯台近くに拵えた乾船渠を作る際に購入したものだ。
中身は当時そのままで、漁で使う網や縄が積まれているだけだ。
その一軒、並ぶ奥の家には樽がみっしりと詰まっている。
それを奥に押しのけると、床には金属の扉がある。
特に鍵はかかっていないが、余程の力自慢の男が数人がかりでやっと隙間が開くかという代物だ。
もちろん、獣化を部分的に戻した男達なら余裕で開くものである。
重さだけで人族や亜人を廃していた。
しかし、先程の変異者を考えれば、これからは特別に錠前か何かを用意すべきではないかとも思う。
思うが、この場所は罠と同じだ。
来るならば、それはそれだ。
手間が省けてけっこうである。
鍵をつける必要は無いと、すぐさまモルダレオたちは結論を出した。
地下は地下で、ある意味、鼠捕りの様になっていたからだ。
そうして彼らは扉を潜り、長々と掘り抜かれた地下道へと降りる。
商会の船渠、城塞近くの堀等、数か所に出入り口がある地下通路だ。
砂地の地下、城塞方向から続く岩盤の亀裂を利用しているので、浸水は免れている。
温度も保たれ、街の下水道とは繋がっていないので臭いもない。
そして何より、大きな物音をたてても外に漏れる心配がない。
実に便利な場所である。
高級宿のように、彼らの要望にそった施設なのだ。
もちろん、豪華な寝台の代わりに、牢屋と共に拷問部屋がお出迎えだ。
モルダレオ達は、そこに収穫物を運び込むと拷問具に吊り下げた。
公王御用達のモンデリーなので、細やかな饗しが用意されている。
拘束具や器具がすべて揃っているので、実に速やかに獲物を解体できるのだ。
だが今回は想定外の事柄を含むので、解体は後だ。モルダレオはエンリケに下準備を任せると、別室にて連絡の鳥を飛ばした。
慎重をきすために、複数の医学的所見を得る要請だ。
師団の軍医、城塞の常駐医官、城塞内の町医者にも意見を聞く提案である。
この三方は何れも外科的な処置ができる王国医だ。
エンリケの診断を信用できないのではない。
情報漏洩を危ぶみ、秘匿して調べるには利益が少ないと考えたからだ。
それに奴等なら医者を呼んでも、そこは気にしない。
カーンの動向だけに、今は気をとられているはずだ。
愚かな話よ。
と、朽ち果てるであろう者共の事は、考えるだけ無駄である。
モルダレオは小さく息を吐くと、覚えたわだかまりを押しやった。
それよりも早急な原因究明と、故意か否かを明らかにしたい。
なぜなら薬であれ何であれ、統制があるのか無いのかでは話がまったく違ってくるのだ。
薬物ならば、作為ありでも管理下にあるならばよし。
伝染性の疾病だとしても、解決手段ありならばこれもよしだ。
生物を介しての伝染病、内乱想定の薬物。
人の手の内ならばすべてよし。
何も良いことは無い話であるのは、わかっている。
だが狂った物差しでも、本心からそうであればと考えていた。
これはモルダレオと立場が同じエンリケも、そして大方の南部の者は同じ意見に至るだろう。
人が管理できぬ事にて禍事が起きれば、屍が山と築かれても終わらない。
一切が滅びるまで、終わらないものなのだ。
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