第458話 挿話 夜の遁走曲(中)⑤
対峙し動きながら、様子を伺う。
「こちらの損害は?」
「特に問題無し」
装備を溶かされはしたが、怪我で動けぬ者はいない。
挟むエンリケから注意をそらすべく、モルダレオは剣の背で自分の肩を軽く叩く。
鳴き声の主は、その剣の動きに気を取られ目を泳がす。
単純でよろしい。
背後のエンリケから、指で合図をが送られる。
この場に気配が集まりつつある。囲まれる前に移動だ。
兵士の倍以上の気配。
死体を検分したいが、迎撃地点とするには視界が悪い。
彼らは風下に向けてゆっくりと動いた。
鳴き声の主を挟み囲むようにして動くと、追ってくるとばかり思っていた気配の方向がずれる。
焼いた死体の臭いに釣られたか、そちらに気配は向いているようだ。
モルダレオは斬りかかるふりをして、エンリケに目配せで返す。
男の側を走り抜け、ひと刺し脇腹から肝臓に向かい針を通す。
斬撃と見せかけての、モルダレオの仕込み針だ。
普通の人族なら心臓までも貫いて即死の位置である。
そしてエンリケはといえば、そのまま男を斬り伏せた。
これで死なぬのであれば、これは既に人ではない。
男の血は、黒かった。
黒いが物を溶かす様子はない。
だが、血が滴ったはずなのに、それは落ちて地面に滲むと消えた。
消えて、男は呆気なく崩折れた。
人ではあったようだ。
だが、やはりその末路は、人なのか疑いたくなる有様だ。
腐れ果てていたかのように黒ずむ死体。
傷口からは、黒い血ではなく細かな白い蟲と粘液がサラサラと広がる。
干した果物も当分食べたくないな。
等と、エンリケが、又似たツマミの事を考えるぐらいにおかしな光景だった。
ここに来ての超常の事柄に、思わずモルダレオが舌打ちをする。
それにエンリケは我にかえると、すぐさま死体に油薬をかけた。
「一匹、被検体を確保したい」
エンリケの訴えに、モルダレオは死骸を目におきながら頷く。
集まり近寄る気配とは別に、小集団の気配が海の方向からする。
「一体確保し、撤収。集結したモノが、何処に消えるか追う者を分けよ」
程無くやって来たのは、やはり領土兵の姿の何かだった。
あの腸詰めを吐き出した男と同じく、目がぎょろつき肌が緑がかっている。
それがふらふらと目の前に出てくる。
モルダレオは素早く近寄ると首に一撃を入れた。
まだ人間のようで延髄への攻撃が効く。
それを確保すると、絶命していないか口元に手を置いた。
大丈夫そうだ。
先の争いを考慮して、力加減は獣人並みに振るったからだ。
白目をむいた男をエンリケに渡す。
別人だが一応の収穫物だ。
集まってきたモノが何処に向かうかも知りたいが準備が足りないのもわかった。
何をするにしても油薬は多めに、焼く準備を念入りにしてからにしようとなった。
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