第457話 挿話 夜の遁走曲(中)④
蟲がこぼれ、先に落ちたのと同じく地に蠢くかと思われた。
だが、次に口から這い出したソレは、素早く飛び出し空を切る。
突然の動きに剣を引き抜きエンリケが反応するも、蟲は彼の隣にいた兵士に飛びついた。
得物を相手に刺したままだった為に、咄嗟に飛来したものを片手で兵士は払う。
多分、払わずにいたならば、それは顔に吸い付いていただろう。
確かに悪い判断ではない。
ただし武器を捨てて離れるのが正解であった。
それは振り払われず、手に吸い付き締めつける様をみせた。
「兄弟!」
エンリケの声に、モルダレオは鳴き声の主に相対し、武器を振るい割り入った。
断ち割る勢いの横薙ぎを避けると、鳴き声の主は一歩身を引く。
どうやら、刺し貫いた位では絶命するには至らぬようだ。
と、モルダレオも嘲笑った。
「随分と妙なものを腹に入れているな」
相対するモノの気配が変化していく。どうやらヒトのように取り繕うのを止めたようだ。
モルダレオは剣を戻すと肩に置いた。
遠くから、ざわめきの気配を感じる。先程応えた何かか。
それを相方へと目配せする。
理解したエンリケは、ゆっくりと鳴き声の主の背後へと移動した。
背後へと回り込みながらも、彼は蟲の様子を目で追う。
変異者、病、蟲、敵対行動。
吸い付いた蟲は手甲から剥がれない。
剥がれずに食いついた男達と同じく、装備を溶かしはじめたのか焦げた臭いと煙があがる。
咄嗟の判断で他の兵士が、手甲を引き剥がした。
そして剥がされた手甲を、更に周りの兵士が得物で蟲ごと粉砕した。
「体液、溶解物質様、装備損耗あり。斬撃有効!」
「武器を使い距離をとれ、油薬準備」
と、モルダレオの指示。
その時、再び鳴き声の主が嘲笑った。
ゲゲともググッともつかぬ嗤い。
「まずい!」
気がついたエンリケの視線は、先に始末した男達に向く。
損傷部以外の、主に頭部から同じように何かが出てこようとしていた。
口、鼻、耳、頭部に損傷があれば、その傷口から、ちいさな大量の白い蟲がザラザラと蟻が這うように出てきていた。
「焼却!」
モルダレオの命令に、兵士達は携帯している油薬をまいた。
可燃性の液体で、点火剤と共に浴びせると一瞬で生き物を焼却できる代物だ。
腐土出現後に基本装備品のひとつになった薬である。
死体を焼くため、死体利用をされぬ為の品だ。
南領浄化作業前までは、火種程度のものであった。
それが浄化作業、疫病後の死体焼却の為に薬としての改良がされ、特殊な点火剤と共に浴びせるだけで、超高温の焼却を可能とした。
そして持ち運びできるように、小型化と安定化が基本仕様となっている。
また、鎮火も同じく特殊な消火剤を用いれば一瞬で行えるという優れた代物だ。
装備品薬と呼称はしているが兵器で間違いない。
そのため、この薬剤は一般利用は禁止である。
閑話休題。
命じられた兵士達は、携帯している油薬を遺骸にまいた。
本来なれば、遺骸も蟲も調べたいところだ。
だが、予想以上に白い小さな蟲どもは、素早く大量に広がりをみせた。
地に広がり混じらせて有用な代物には欠片も見えない。
調べるよりも焼き払う方が身のためと、モルダレオは判断した。
何よりも、彼らを囲むようにして何かが押し寄せてくるのがわかる。
囲み捉えるつもりが、いつのまにか立場が逆になっていた。
それがわかるのか、鳴き声の主は、ケケケと再び嘲笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます