第456話 挿話 夜の遁走曲(中)③

 それは確かに、ニタリ、と、嘲笑った。

 引き伸ばされた紐のような口が開く。

 すると、再び、醜い鳴き声を上げる。


 ゲゲッゲギャァ..ゲギャァァァ


 高く、低く、奇っ怪な鳴き声が辺りに響き渡った。

 そして程無く、いらえがあがる。

 モルダレオ達が、知らず予想もしていなかった答えだ。


 グッゥゥギャァァァ

 ギギャァァァアアアアァ


 遠く、近く、無数の鳴き声が夜にあがる。

 それを認め、即座にモルダレオは命令を変更した。


「殺せ!」


 咄嗟の判断だ。

 それでも兵士達は、それぞれに組み伏せていた相手の急所を武器で貫く。そうしてその動きのまま地面に強引に引き倒し、頭部頸部を踏み潰した。

 命令から息一つでの対応だ。

 そして間髪入れずに鳴き声の主へと武器を向け、皆で襲いかかる。

 これも瞬きの間であった。

 殺害を厭わなければ、異様な相手であろうと制圧は一瞬だ。

 複数の刃は、鳴き声の主を串刺しにする。

 見物人がいれば、その鮮やかで連携した動きに、変異者も敵うまいと思うだろう。

 首を深々と刺し貫いたエンリケにしても、これで男達の始末がついたと確信していた。

 それでも様子をみつつ、武器はそのままに兵士達は動かない。

 この争いは偶さかであると、静けさを取り戻すかに思えた。

 だが、期待は裏切られる。

 男は嘲笑い、黒い血を吹き出しながら、何かをゲロリと吐いた。

 青白い子供の腕ほどもある、何かだ。

 間近で見たエンリケにして、それが何であるかを判別はできなかった。


(暫く、腸詰め肉は食えないな)


 と、ふと馬鹿らしい事が頭の隅に浮かぶ。

 それは見た限り、腸詰め肉に口と虫の手足がついているような姿であった。

 蠢く様は、密林の湿った場所に生息するひるに似ている。


(酒のつまみの一つが食えなくなった)


 等と呑気な事を並べていたが、エンリケも珍しく混乱していた。

 彼は医務官の資格をもっている。

 だから生き物に関しては他の者よりも多少造形が深い。

 が捗るように異種族についても、よく研究している。

 故に、どう考えても腹の中で飼うには、その生き物は大きすぎた。

 蟯虫なら腸に住まうだろうし、そのような線虫ならば口から飛び出して来る事は滅多にない。

 あたり前だ。

 そこまで育っていたら、宿主は既に健康を維持できない。

 と、これもまた間抜けな思考になる。

 ただ、エンリケにしてみれば、あまりに現実味の無い出来事だったのだ。

 そして多足類に似た、をエンリケは知らない。

 異形の生物が多く住まう南の地域ならば、まだ、未確認の生命はいくらでもいるだろう。

 だが、東の人族の腹の中に、目に見えるほど、まして腸詰め肉ほどの太さの蟲がいるような事は、

 の地域の特殊ながあるのだ。

 一瞬の思考で、更に答えがエンリケの中に浮かぶ。

 それを否定しつつも、このである事は間違いない。

 つまり、これは?

 と、エンリケが思い浮かんだ考えを掴み取るよりも早く、状況は更に悪化していく。

 馬鹿のように開いた男の口から、その蟲が更に溢れ出てきたのだ。

 その醜悪な光景に、思わず目を奪われていた。

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