第455話 挿話 夜の遁走曲(中)②

「兄弟、いいか?」


 エンリケの言葉に我にかえると、モルダレオは頷いた。


「やれ」


 モルダレオの指示に、兵士が捕縛すべく散開する。

 目標を囲む元人間たちは、肉体の変化に比して知能が低下した様子。

 会話は無駄のようだ。

 見たところ野獣と同等、言葉による威圧も利くまい。

 と、侮った訳では無い。

 だが野獣の動きは、彼ら兵士を僅かに上回った。

 野獣は逃れると、あまつさえ反撃までしてみせる。

 常ならば容易く制圧されるはずの獲物が、獣人兵士の攻撃をことごとく避けた。

 そして予想通り、野蛮な肉弾戦のみ挑んでくる。

 鋭く伸びた爪に、奇妙に尖った歯での喰い付き。

 それに二人一組で相対するも、動きは人族を越えている。

 想定外すぎて対応に隙があったようだ。

 同種の者か野獣を相手にしていると思えば良いと、後からならばいくらでも言える。

 しかし、目の前で人族が崩れ形を変えての事だ。

 思うより、皆、狼狽えていたのかもしれない。

 体を変化させるのは、獣人の擬態を解く以外に無いと思っていたからだ。

 しかし、決定的な隙ではない。

 襲いかかってくる野獣に、何も同じ土俵で戦う必要はないのだ。

 エンリケ達は、昏倒させようと急所を狙い武器を振るった。

 統制のとれていない相手の動きは、ゆるいものだった。

 確かに、武器が振るわれる直前までは、相手にも隙があった。

 ところが、彼らは急に意識が戻ったかのように動いた。

 野獣、否、変異者は、武器による初撃を爪で打ち落とし押し返す。

 その異様な反応速度に、二名ほどが変異者に

 噛みつきではなく、喰うが妥当の醜い有様である。

 一人は肩、もう一人は左上腕だ。

 幸いにも噛みちぎられる事無く、また穢らわしい牙が通る事無く、防具に遮られた。

 即座に喰われた者は、変異者を殴りつけ首に刃物を立てる。

 しかし、それは壁蝨だにのように喰い付き、中々離れようとしない。

 その姿に恐怖はわかないが、代わりに凄まじい嫌悪をモルダレオ達は覚えた。

 なまじ人族の姿を残しているだけ無惨。

 憐れとは思うが変異者を幾度も殴打し、やっとの事で引き剥がした。

 そこで気が付く。

 喰い付かれた装備が歯型と共にしていたのだ。

 もちろん、突き立てた刃物もである。

 これだけでも異常だが、変異者は殴り蹴り続けても無痛のようであった。

 そこでモルダレオは、達成目標を変更することにした。


「四肢を落とし身動きを止めろ、それで死ぬかも見てみたい」


 原型を残し生け捕りを考えたが、運びやすいように切り刻むのもよかろうと命じる。

 南部の昆虫と同じく、毒の体液で刃物が溶けるようなら、素早く断ち切り無力化するのが一番だ。

 そして本来の捕縛目標は、五体の変異者ではない。

 変異者の後ろで小刻みに痙攣しながら立ち揺れている男が収穫物だ。

 エンリケ達に変異者の相手を任せると、モルダレオはその男に近寄った。


「動かず武器をおけ。さもなくば殺す」


 そうして十中八九、返る言葉は無いだろう問いをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る