第454話 挿話 夜の遁走曲(中)①

 退路を立って囲む。

 相手の反応は無い。

 男達はどんよりとした表情のままだ。

 そんな中で、一歩後ろに立つアノ男は、突然現れたモルダレオ達をゆっくりと見回した。

 この男は、歓楽街の店主たちの間で、特に噂になっている男だ。

 この男が誰かを連れてくると、その連れが例のオカシナ事になる。

 この男に女をあてがうと、女があっという間に弱って死ぬ。

 三公領主の関所町の長の息子で、領土兵。

 特徴の無い人族の男で、のっぺりとした顔には無表情。

 以前は、よく冗談を言う明るい苦労知らずのお坊ちゃん。

 今では面影もないが、顔つきはもっと彫りが深く目も細かったとか。


 無表情?


 モルダレオが見たところ、人族の特徴よりも別種の血が伺えた。

 が、基本、東は人族の者の国である。

 話に聞くと混血ではないらしい。

 だが、その顔は人族とは思えない。

 目と目が離れ、だらしない口元に緑がかった青白い皮膚。

 毛髪も薄く、中年の男に見えるも若いらしい。

 しかし、どう見ても人族の若い男には見えない。

 それがぎょろぎょろと目玉を動かすと、やにわに叫んだ。

 否、鳴き声をあげた。

 ギャーともグゲェとも聞こえる奇妙な鳴き声だ。

 すると男の前に立つ五人が頭を抱えて悶える。

 すわ何事かと顔を見回す仲間を制すると、モルダレオは一歩前に進み出た。


「言葉はわかるか?」


 言葉を解する人であるはずが、男は目を動かすばかりで何も答えない。

 それでも一応の言葉をかける。


「我々と同道してもらう。逆らうでない」


 仲間に合図をする。

 取り囲む仲間が近づいた、その時。

 五人の男が膝を付き四つに這った。

 人の気配の急激な変質。

 辺りの臭いに、風を読むエンリケのうなじが逆だった。


「下がれ!」


 エンリケの警告と共に、皆が飛び退く。

 見る間に四つに這った体が膨れ上がった。

 不気味な肉と骨が千切れる音。

 生木を裂くようなメキメキという音と歯ぎしり。

 人の体の輪郭が蠢き、衣服を布切れに変える。

 見届けるつもりで、手出しは控えた。

 肩の肉が盛り上がり、ずるりと皮膚が剥がれた。

 下の肉の層が剥き出しだ。

 肋や背骨が蠢き、人が粘土のように捏ねられていく。

 手足は太く長くなり、急激な成長に外皮が間に合わないのか、覗くは筋肉と脂肪の層だ。

 赤黒い血の凝りも見えて非常に醜い。

 やがてそれの顔も人ならざる物へと変貌した。

 魚のように目玉が丸く突き出し、口元は深海の生き物のように細かな尖った歯が見える。

 モルダレオが抜刀すると、エンリケや仲間たちも得物を抜いた。

 どう見ても会話可能な姿ではない。

 不思議な感慨がモルダレオの内にわく。

 何の薬にせよ、獣人を嫌悪する人族が、まさに獣のような肉体の変異を遂げた。

 皮肉だ。

 誰が考えたにせよ、歪で邪悪な魂の持ち主であろう。

 くだらない。と、彼は実に不愉快に思った。

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