第453話 挿話 夜の遁走曲(上)⑥
では薬物が兵士に使われると何が不味いのか?
健康が損なわれるから?
実はそこが問題ではない。
まず、獣人兵士に薬物というのは非常に効率が悪い。
薬物耐性、解毒機能が非常に高い種族に薬物による兵士管理は無駄なのだ。
倫理的な問題以前に、獣人にとっては肉体変化も闘争本能管理も外科手術以外はあまり効果的ではない。
そして兵士と薬物の組み合わせが問題になるのは、獣人以外の種族になる。
その目的は、社会常識の克服と肉体の酷使に対する安全装置である本能の鈍麻である。
修練や経験による兵士教育を放棄する、短絡的な処置に薬は使われるのだ。
いわば即席の死兵だ。
倫理観、恐怖心、肉体の苦痛、理性も低下するので、不平不満も薬で抑える事ができる。
極端な肉体の酷使もできるので、普通の人族でさえ獣人並の膂力が得られるだろう。
ただし、それに臓器や肉体、精神は長く耐えられないが。
思想教育と薬を両輪として行う事は、軍事国家や最小の戦闘集団などでも普通に行われている。
しかし、この薬物による死兵教育は、すべての歯止めが無くなる。
薬物によって統制がとれるなどという美味い話はないのだ。
鞘の無い剣である。
恐怖の喪失と潜在能力の向上。
素晴らしい自滅行為だ。
そしてこのような薬物中毒の兵士がいた場合、極端に思考偏狭した狂人の指導者が誕生している。
誇大妄想狂かつ猜疑心の強い強欲な支配者だ。
自分以外の命は塵だと考える臆病者なので、勝ちが見えるまでは姿をあらわさない。
そして誰も信用していない。
だから思い通りになる兵隊、人形を欲しがるからこその屍兵だ。
故に、薬物の疑いが兵士に見られるならば、それは重大な王国への離反行為の兆しなのだ。
つらつらとモルダレオは考えを流す。
そう、新兵教練は恐怖の克服と、反射的に人を殺せるようになるまでの鍛錬を課すものだ。
それを薬などという誤魔化しで手を抜き、思う強さが得られるのだろうか?
誰にも屈せぬという強さをだ。
モルダレオは強さを尊ぶ。
それは別段暴力だけの話ではない。
心、覚悟、いわゆる精神の強さのほうが、彼は重要だと思っている。
肉体が弱いと屈するのも早い事は確かだ。
だが、病弱であろうと力弱い者であろうと、実は、肉体の強弱は心の強さに比例しないと思っていた。
肉体が頑健でも、針一つ眼球に刺しただけで降参する者もいるし、病で苦しみながらも死ぬまで弱音を吐かなかった者もいた。
もし、目の前の不可思議な行動が、その薬物による物ならば、試してみたいと彼は思った。
薬物による恐怖喪失をしていれば尚良しである。
それで人族の男が重量獣種の男と死ぬまで戦えるのなら、重畳。
薬を与えた者を探し出して殺す楽しみができる。
そして薬以外の原因であるなら、兄弟、エンリケに隅々まで調べさせる。
中々に楽しいぞ、と彼は一瞬で決める。
答えは、もう少し木立が密集し、誰にも悲鳴が届かない場所に彼らが移動すればわかるだろう。
モルダレオは合図し、仲間を散開させた。
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