第452話 挿話 夜の遁走曲(上)⑤
では治安組織の者が噂話を仕入れたならば、何を最初に問題にすべきか?
もちろん憐れな身の上の女達が問題なのではない。
このオルタスにおいて、不幸や貧しさは平等に弱い者に襲いかかるものだ。
そして治安組織、中央の兵士が担うのは、個々人の不幸や不平等の是正ではない。
向き合うべきは、ある一定の水準で法治が保たれる状況を整えておくことだ。
国が定めた線引を守らせ、財産である人、者、金が義務を果たさぬ者どもに食い荒らされぬように目を光らせる事である。
そして、治安の乱れとなる些細な異変であろうと、手を差し入れて調べるのが仕事であり義務だ。
噂話を少し仕入れただけでも、様々な事が想定できるだろう。
そしてその噂の元となる者が何者であるかを、裏まで調べるはあたり前なのだ。
それを為さずして、どうして治安維持ができるだろうか。
地元の民や地方領主のご機嫌をうかがうのが商売ではない。
恐れられこそすれ、無能と下に見られているようでは、紛争多き場所にて活動する意義がない。
気づかなかっただけ?
冗談ではないとモルダレオとエンリケは鼻で嗤うだけだ。
そして問題行動の男達、噂の種はすべて、東三公の領土兵、つまり今目の前の異変の主達だ。
そして性格豹変が著しいと名が上がった男、それが一人立っていた男なのだ。
さて、異変あり、性格豹変を起こす原因とは何だ?
最初に思いつくのは、薬物の使用だ。
何か薬物が東で流れているのではないか?
だとすれば重大な王国法違反である。
そして兵士に薬というのは実に不穏であり、内乱の前兆にもなりうるのだ。
この組み合わせには注意が必要だ。
民でもわかる理由である。
つまり噂話を仕入れ、東の兵士の様子に異変があるならば、中央軍本部への報告をしなければならない話なのだ。
それを単なる噂話として放置するとは呆れて物も言えない。
況や過敏な処置だ、報告なぞ必要なしとするならば、現地調査を隅々まで行うのは当然。
裏取りもせずに調査の必要なしとは、やはり彼らの中に売国奴がいると疑われてもおかしくない。
まして憲兵を遠ざけて、何ら関係のない場所で巡回警邏させているのだ。
と、普通ならば疑う所だが、実は売国奴うんぬんをモルダレオとエンリケは疑っていない。
彼らの
さて、話は逸れたが、兵士に薬が使われたのではないか?との想定で、今回は対象を拉致誘拐し、邪魔が入れば頭をかち割って証拠隠滅するつもりであった。
始末するつもりで動いていたのは、そもそもコルテス公の領土兵が引き上げていたという事実もある。
公王親族のコルテスが港にいないという事柄も異常であり、残り二公爵の内、所属兵の殆どがシェルバン人であった為だ。
実は中央への叛意をもって外交にあたっているのが、シェルバン人であり、獣人を下民と公言しているのも彼らである。
ボフダンは鉱山、鉄鋼業のコルテスに次いで、工業製品を輸出しており、実は亜人種の人口比率が高いのだ。
つまり、悪さをしているのはご立派な人族至上主義のシェルバン人であり、交渉を持ちたい肝心のコルテス人が排除されているという異常な状況なのだ。
これもまた、城塞の馬鹿どもが遊んでいた証拠である。
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